古賀達也の洛中洛外日記
第363話 2011/12/18

「論証」スタイル(2)

 今日は岐阜県各務原に来ています。当地には航空自衛隊の基地があり、ときおり戦闘機や輸送機の離着陸の轟音が響いてきます。この轟音は地元の方にはご迷惑なことと思いますが、同時に、災害派遣や国防の任にあたっておられる自衛官のご苦労も大変なことだと思いました。
 さて、361話に続いて、「論証」スタイルについて触れることにします。
 これはわたしの見方ですが、論証は「絶対論証」と「相対論証」というものに大別できるのではないでしょうか。「絶対論証」とは、「こういう史料根拠により、誰がどのように考えてもこうとしか言えない」というような決定的な証拠と論理性にもとづいた論証です。ここまで断定できる論証は、史料的に限定された古代史研究においては珍しいことですが、安定的に成立した論証であり、この論証に基づいて、さらに仮説を展開することも可能です。
 対して、「相対論証」とは、史料根拠に基づいて、Aの可能性やBの可能性など複数の可能性が考えられるが、人間の平明な理性や経験に基づけば相対的にAの可能性が著しく、あるいは最も高い、という論証のケースです。「絶対論証」より論証力は劣るものの、他の仮説よりも有力な仮説を提起できます。
 従って、「相対論証」にとどまる場合は、なるべく多くの傍証を提示し、「相対論証」の説得力を増すよう努めなければなりません。こうした「相対論証」を得意とされるのが正木裕さん(「古田史学の会」会員)です。
 日本書紀の「34年遡り現象」というツール(九州王朝史復元手法)を駆使して、正木さんは日本書紀の中に盗用された九州王朝記事の選別と九州王朝の復元という学問的成果を次々とあげられているのですが、その論証スタイルこそ、大和朝廷一元史観に基づいた通説よりも、合理的に矛盾なく理解できる仮説を提起するという、「相対論証」なのです。
 すなわち、「絶対にそうか」といわれれば「絶対にそうだ」とは言えないまでも、「従来説よりもはるかに矛盾なく説明できる」とする、仮説の論証方法なのです。この方法は歴史研究において多用される方法なのですが、どうしてもその相対的評価時(他の仮説よりも有力と判断する時)において恣意性(自説が正しいと思いこむ)がつきまといますので、慎重に使用しなければなりません。(つづく)


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