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『なかった ーー真実の歴史学』第三号 序言 中言 末言  古田武彦            2007年 5月30日

序 言   古田武彦


 千年の知己を待つ。これが真理探究者の志である。真実は速刻、万人に明嚇だ。だが、永年迷妄の闇に馴れた人々には、真実の光が目に痛く、これを受け入れまいとするのである。人類の歴史は、くりかえしこの事情を証言している。
 秋田孝季は言った。
「流転の末代に聖者顕れ、是を怖れず世にいださむために記し置く」
と。物を「書く」とは、本来そういう行為なのである。イエスの言葉(「トマスによる福音書」)も、仏陀の遺言も、そしてソクラテスの死のまぎわの言葉を記したプラトンも、彼等は後代の知己に向って己が知りえた真理を伝えようとしたのである。
 寛政原本(「東日流(つがる)外・内三郡誌」)の出現を宣告した、この第三号は、後世の心ある人々によって、そのように受け入れられる日が来よう。
 わたしは千年の知己を静かに待つ。


中 言


  一

 わたしは今、南米へと旅立つ前夜にいる。行く先はエクアドルのバルデイビアである。エストラダ氏が発見し、メガーズ・エヴァンズ夫妻が証言したように、この地から「南米、バルディビア型、縄文土器」が出土した。五十年前のことだ。エストラダ氏がバルディビアの海岸で拾い上げ、その“異様さ”に気づいた。そして世界中の土器を集めた本の中に、これとよく似た“異様な”土器の数片を見出した。それが日本の縄文土器であった。
 エストラダ氏は、この事実を、アメリカ合衆国のワシントンD・Cにある、世界最大の博物館、スミソニアンのエヴァンズ(メガーズ)夫妻に報告し、調査を依頼した。
 夫妻は早速来日し、縄文土器のサンプルを求めて日本各地を渉猟した。その結果、日本の縄文土器(九州、ことに有明海沿岸)と、このバルデイビア土器とが「酷似」していることを確認した。そして報告されたのである。

  二

 二十余年前、わたしがメガーズ夫人と共に現地を訪れたとき、なお当地(エクアドル)では“逆風”が吹いていた。「縄文土器渡来説」は異端であり、大勢は“否定説”だった。
 しかし、風向きが変った。エストラダ氏亡きあと、遺産争いが決着し、厖大な所蔵土器が記念館に収蔵され、公開されたのである。
 昨年(二〇〇六年)八月、その「五十周年記念」の祝典が開かれた。メガーズ夫人も招待され、特別の記念品、称号が授与された。一般の「目」もまた、大きく変化した。一変したのである。

  三

 スミソニアンは、英国の貴族の遺言によって設立されたことが知られている、世界最大の博物館群だ。今回も、エストラダ一族から全収蔵物を受け入れた文化庁長官(ルイス・フェリックス・ロペス氏)が、この「収蔵」と「公開」の場を提供された。壮挙である。
 日本の国家や「IT長者」は何をしたのであろう。これからしようとするのであろう。
 寛政原本の出現によって、すでに和田家文書の「偽作説」の本質が失われた今も、なお、公共も、「長者」も、全面的な「保存」や「公開」に名乗り出ようとしない。本当に臆病だ。彼等には、五十年あとすら、見えていないのであろうか。

  四

 財貨(かね)は去りゆくものだ。亡びぬものは真実である。長者も、やがて消えてゆく。一時代の国家もまた、例外ではない。滅せぬものは、真実の歴史である。
 幸いにも、巨万の富の上に立つ人々よ、権力者よ。その支配力の消えぬうちに、人類の歴史の中に名を残したまえ。
 わたしのささやかな研究も、多くの人々の拠出された、貴重な、一つひとつの寄付にささえられている。そして成立した。
 財貨(かね)は去りゆく。しかし、真実は不滅なのである。


 末 言


 東日流(つがる)外三郡誌「偽作説」があった。今も、新聞がそのための記事や書評をたれ流しつづけている。
 しかし、わたしはこれら「偽作説」論者に感謝する。深く、強く感謝する。なぜなら、これらの方々の“声(こわ)高い”声があったからこそ、竹田侑子さんのような「心ある人」がこれに怒り、寛政原本の「発見」にまつわる諸史料を提供して下さったからである。
 「偽作説」の方々に対して、深く、厚い感謝の念をここで心から贈らせていただきたいと思う。 ーーありがとう。

(補)
 『偽書「東日流外三郡誌」事件』(東奥日報編集委員、斉藤光政著、新人物往来社、二〇〇六年十二月十日刊)参照。「偽書説」の集成。同書はなお、「寛政原本」第一回「発見」(十一月十日)一カ月後の刊行に当る。
 なお寛政原本(五種)の全コロタイプ版は、オン・ブック社(電話:〇三 ー 三七一六 ー 八七〇五)、七月以降刊行予定。


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