枚方市 不二井伸平
古田史学が、古代史研究の『学者』達から無視されつづけていると同じことが、文法研究の分野においてもあります。それが「主語廃止論」で有名な三上文法です。「主語廃止論? 文法に主語を認めないって。そんなアホな」まず誰もがその主語廃止論という言葉に頭から拒否反応を示します。ちょうど古田先生の「『邪馬台国』はなかった」に対する反応と同じように。「邪馬台国がなかったって。そんなアホな。」というように。あるいは「邪馬台国が邪馬一国だったって。そんなアホな」というように。
一九五三年に三上章の『現代語法序説』がでたとき、そのあまりにも革命的な鋭い理論に、しかも従来の文法研究を打ち砕くその論の正しさに、文法界は騒然となりました。しかし『学者』達は、三上文法という嵐が早くどこかへ過ぎ去るのを首を縮めて待ちました。なんの反論もできなくです。もちろん、それを認めることもできなくです。そして三上章が一介の高校数学教師であることをもって、また文法界のどの閥にも属さぬことをもって、ただただ無視しつづけました。一介の高校教師であれば、またどの閥にも属さぬことから、時が過ぎれば、その論は物理的に衰退していくであろうと考えたわけです。そして「文法などという日本語を扱う学問においては、時としてシロウトがホームランをかっとばすこともあるかな。」などと悪口をとばしあい、そのあまりにも論理的、革命的文法理論に正面きって反論できず、いわんや賛意をあらわすこともできず、だんまりをきめこんだのです。
三上文法を研究する後継者が出ることは、三上章が大学にいない限り、物理的に不可能で、せいぜいファンの段階の研究者がチラホラでてくるくらいだ。しかも三上文法の本がでまわらないかぎり、ファンさえも物理的にない。若い文法研究家が三上文法の正しさを知ったところで、文法界の閥にまきこまれて、何も物を言えない。
そして時が経つにつれ、三上文法の中味だけを盗み食いして、自分の学問研究としていく輩がでてくる。さも自分がはじめて唱えはじめたかのごとく、とくとくと語りはじめるのです。東大のある閥に属するY氏という大学院生などは、三上章の論文が載っている同じ雑誌の中で、主語廃止論を独自に唱えはじめたかの如きことを、平気でやったりします。また古代史研究ではおなじみのO氏。この人などは、三上章が死ぬや、とつじょとして「ハとガ」について語りはじめます。「ハとガ」こそ、三上章の「主語廃止論」の本質なわけで、O氏はいっさい三上文法についてふれない。中味だけの盗みどりがはじまるわけです。岩波の古語辞典があります。O氏が編者の一人だが、これなどもまさに盗みどりの典型です。この辞書には日本ではじめて動詞の項目の見出しに連用形が使われています。その文法的理由はというと、これは三上文法でしか言ってなく、しかしO氏は三上文法のミの字にもふれないでこれを採用。まさに驚き、桃の木、さんしょの木であります。
他人の文法理論をさも自分の理論であるが如くして平気で使いきる神経たるやすさまじいかぎりです。O氏の古代史における古田史学の存在が、O氏の国語学における三上文法の存在と同じで、とても興味深い。私が古田史学にひかれるのもそこにあります。
早くから三上文法を高く評価していた金田一春彦が、最近中国へ行った際、中国の人が最も関心をもっている文法理論が、三上文法であることを言っており、これから訪中する文法研究家は、三上文法を一度は読んでおくことを、その心得としておられます。ドイッの日本語研究の第一人者ヴェンクは、三上章を日本第一の文法研究家と言い、そのほかソビエト、フランス、アメリカなど海外で最も高く評価されています。そして日本では、最も無視されている文法です。
国語学会が編集する『国語学辞典』の「主語」の項は当然ながら三上章の執筆です。理論的に誰もたちうちできないから当然ではあるが。しかし教科書にその理論がのるなどということは決してない。若い文法研究家達は、論文にはもう、「主語」などと使う者は少ない。ほとんどの人が「主格」と言いかえて使っているのが現状です。そのあたりは三上文法の理論の正しさが、そうさせているようです。しかし表立って三上文法を云々することはまずない。
古田先生が『失われた九州王朝』の中で三つの真実について語っておられます。その中の一つ。「要するに中国側は九州の豪族をながらく相手にしてきた。それだけのことではないか。」こういう言い方をする人は、結局は「日本列島の中に王朝は天皇家だけであり、他はすべて豪族だ。」という従来の天皇制のイデオロギーをもっているがゆえの言葉で、古田先生の論の正しさには何等答えず、総体として皇国史観のイデオロギーの中にとりこむやり方です。これがまさに三上文法に対する文法界のやり方です。「主語・述語」のワクを絶対のイデオロギーとして、その中で三上文法を解釈していくやり方です。教科書に主語廃止論など絶対に認められないわけです。
象は鼻が長い。
「主語・述語」の絶対のイデオロギーをとる限り、「象は」も主語。「鼻が」も主語。二つも主語があってはおかしい。そこで「象は」を大主語と言ってみたり、総主語と言ってみたりそれはもうあまりにもすっきりしない論が、つぎからつぎへとでてくるわけです。古代史における定説派の学者が、好き勝手に「邪馬台国」をいじくりまわすが如き様子になるのです。「主語・述語」というあやまったワク組みを使うがゆえに。また「邪馬台国」というあやまった読みから出発するがゆえに。
私は歴史にはあまり縁がなかったわけですが、古田史学というあまりにも革命的な学問にとりつかれました。ちょうど三上文法にとりつかれたように。しかも、その古田史学を創りあげている古田先生その人に直接おあいできるという同時代に生きる者にだけ許された最高の幸せを感じ、囲む会にいれさせてもらいました。新参者の最初の弁とします。
これは雑誌『市民の古代』の公開です。史料批判は、『市民の古代』各号と引用文献を確認してお願いいたします。
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