2007年 8月15日

古田史学会報

81号

寛政原本と古田史学
 古田武彦

安倍次郎貞任遺文と
福沢諭吉『学問のすすめ』
 太田齋二郎

エクアドルの地名
 大下隆司

伊倉(いくら)
天子宮は誰を祀るか
 古川清久

薩夜麻の「冤罪」I
 正木裕

6古田史学の会
第十三回会員総会の報告
 事務局

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古田・安川対談について 『東日流外三郡誌』と「福沢諭吉」 大下隆司


古田史学会報81号 2007年 8月15日

《安倍次郎貞任遺文》と福沢諭吉『学問のすすめ』

『東日流外三郡誌』真贋論争に関連し

奈良市 太田齋二郎

【はじめに】

 六月十七日に開催された「古田史学の会」総会での閉会の挨拶の中で、私は《安倍次郎貞任遺文》(八幡書店版)を福沢諭吉の『学問のすすめ』と比較し、それを『東日流外三郡誌』が偽書ではあり得ない証拠として紹介しました。閉会後、会員の中から二、三のご質問があり、また、古い会員である藤岡さんからは、会報への投稿のご提案もありました。
 内容の多くは、古田先生の『真実の東北王朝』に記載されている事でもあり、躊躇しましたが、新入会員に対する『東日流外三郡誌』のPRも兼ねる事とし、補足を加え要点を纏めてみました。
 尚、現在私は、昨年十一月の「寛政原本」の発見を機に、『菅江真澄全集』(内田武志・宮本常一編/未来社)から読み取れる、真澄の「東日流」に対する想いを、関西例会において紹介させて頂いており、断片的ではありますが、永く続けていきたいものと思っています。


【其の一】
福沢諭吉は貞任たちの真意を伝えていない

 古田先生は『真実の東北王朝』において、『学問のすすめ』の冒頭文「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」は、『東日流外三郡誌』に依拠することを明らかにされました。
 標題の《貞任の遺文》では次のようになっております。

・・・吾が祖はよきことぞ曰ふ。即ち人に生る者、天日に照らしては平等なりと。人を忌み嫌ふは人にして亦、人の上に人を造り人の下に人を造るも人なり・・・
人をして人を制すは神の真理に背く行為なり・・・
康平五年正月 日  安倍次郎貞任 
右黒沢尻北上邑安倍忠三郎之家宝
 寛政五年  秋田孝季写

 この《遺文》に続く《安倍頼時之遺文》には

・・・朝賊の汚名を蒙りて、帝は征夷の勅を以て吾れ討なむとせり。誠に以て浅猿しき哉。絹衣を朝夕にまといし都、麻を着る民の汗をついばむ輩に、何が故の献税ぞや。・・・

 とあり、激しく朝廷を非難しています。しかし福沢諭吉の引用文は、単に「上下差別を造ったのは天ではない」と揚言しているだけで、この文に続く文章
サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ,カシコキ人アリ,オロカナル人アリ,貧シキモアリ,富メルモアリ,貴人モアリ,下人モアリテ,ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ

 でも、貞任たちの「奥州を、蝦夷だ鬼だと差別した元凶は、朝廷であり、幕府であり、そして津軽藩である(文責太田)」という糾弾は全く無視されています。
 福沢諭吉は、「前九年の役」と明治との、時代の差を理由に、朝廷や明治新政府を名指しする事が出来なかったのかも知れません。でもそれならば、和田末吉が書写した『東日流外三郡誌』を借りてまで、この言葉を引用する必要はなかったし、もしかすると、諭吉は、只々この「引用文」だけが欲しかったのかも知れません。
 アラハバキ一族の政治信条は、平等、博愛、団結、そして相互扶助にある事は明白です。この信条はアラハバキ神の教えであり、一族の「掟」として守られ、それを犯すものは、たとえ為政者である「五王」であっても、厳重に処罰されるのです。


【其の二】
 偽作者には、アラハバキの信条はそぐわない

 偽作の意図は、金儲け、名誉欲、誑かし、愉快犯などです。もし仮に『東日流外三郡誌』が偽作者の手になったものであるとすれば、この偽作者は、アラハバキに代わって、私たち現代人に対し「万物皆、神仏の前では平等」を説く、崇高な精神の持主である事になります。
 更にこの偽作者は、帝を指して「国家経営の原則である平等・博愛・平和をないがしろにする元凶(文責太田)」と、恐れ気もなく指弾できる、君子ともいえる見識の持主でもあるのです。
 私には、そのような「偽作者」を想像することは出来ません。つまり『東日流外三郡誌』を編修した人物は、決して、自分の利益だけを求める「偽作者など」ではあり得ないのです。
 「古田史学の会」が発足して間もなく、奈良市内の某私立大学において、「古田武彦」に対しバッションを繰り返す、或る雑誌社が主催する『東日流外三郡誌』偽書説キャンペーンが開かれた事がありました。「私たち」も参加しましたが、その開催の挨拶に、「偽書説を特集すると、この雑誌が売れるのです」と笑を浮かべながら、臆面もなく言ってのけた主宰者の顔を忘れる事が出来ません。『東日流外三郡誌』を誹謗することによって利益を得る。これが「偽作者を捏造する偽書説者など」の実体なのです。


【其の三】
 古田先生は偽書説など問題にしてはいない

 『なかった』(第三号)に、日本国際教育学会・前会長の西村俊一氏が、『悪霊に取り憑かれた暗黒の村』と題し、その中で「寛政原本」にこだわる古田先生をご心配されていました。秋田孝季を敬愛し、『東日流外三郡誌』の中味を大切にする先生にとっては、反論しても、同じ事を何度も、モグラのように次から次へ、ヒョコヒョコと頭を出して来る偽書説は五月蝿いだけで、どうせ「寛政原本」が出てくれば解決する問題ではないか、というお考えだったのではないかと思っております。それだけに今度の発見は、古田先生や私たちにとっては勿論ですが、偽作説者たちにとっては、更なる大事件と言えるのではないでしょうか。

【おわりに】

 六月の総会の挨拶では、「福沢諭吉観」に関し、名古屋大学名誉教授・安川寿之輔氏と古田先生の対談、そしてその後の安川氏の変説にも触れる予定にしておりましたが、前者については、その内容を、本会の事務局次長・大下隆司氏によって「会報」No.七七に報告されておりますし、後者については、何よりも安川氏自身、「寛政原本」の発見に委ねると言われていますので、本稿からも外すことに致しました。(07・07・07)


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