“カメ”(犬)は「外来語」か 『東日流外三郡誌』偽作説と学問の方法 古賀達也(会報47号)
カメ犬は噛め犬
小金井市 斉藤里喜代
はじめに
かつて和田家文書の真贋問題で、「英語起源のカメ犬が載っているから、開国後に書かれた偽文書である」と古田武彦先生が攻撃された。その時古賀達也さんが「犬をカメと言うのは外来語ではなく、古くからの東北地方の方言である。その証拠に横浜から関東にかけて、犬をカメとは言わない」と方言辞典を証拠に論破した。
その後しばらくして、私は「カメ」がアフリカの人類発祥の地の対岸のマダガスカルで「小さい」と言う意味だと知りました。そして鳥浜貝塚からアフリカ原産のひょうたんが大量の種と茎のついたひょうたんの実の一部が出土していたことで、古田史学会報四一号に「カメレオンとカメいぬ」という一文をのせた。(写真1)
今回、狼の語源を調べて、「カメ」は純然たる日本語ではないかと思って考察してみた。
一、 蚊
吉田金彦の『語源辞典 動物編』で「蚊」を調べると
「平安初期の『新訳華厳経音義私記』に「蚊 加安」とあることから「かあ」と長呼されていたことがわかる。語源—蜂には刺されたというが、蚊にはカマれたという。(中略)カ(蚊)はカム(噛)のカでよいのであろう」とある。
蚊を「かめ」と言う地方もある。小学館の『標準語引き 日本方言辞典』で「蚊」を調べると「かーめ」は茨城県稲敷郡・北相馬郡、栃木県下都賀郡、福井県、奈良県生駒郡で、「かめ」は栃木県宇都宮市・真岡市で、「かんかめ」は栃木県矢板市で、「かんめ」は茨城県久慈郡・新治郡で、「かぶめ」は東京都八丈島である。
「よかめ」は栃木県大田原市・那須郡で、「よがめ」は石川県能美郡で呼ばれている。
「よかめ」は私の考えだが、蚊は夜出てくるので「夜かめ」なのであろうから「かめ」と呼ばれていると考える。
ただ注意しなければならないのは、生物名に接尾語メをつける地方と重なっていることだ。前出の『標準語引き 日本方言辞典』の県別の解説では福井県嶺北方言、石川県、茨城県、栃木県、八丈島は生物名に接尾語メをつける地方である。
福井県嶺北方言の例ではイヌメ(犬)、ネコメ(猫)、ノンメ(蚤)。
石川県白峰村方言の例ではイリメ(犬)、ニョコメ(猫)、ヘンメ(蛇)、カーメ(蚊)、ハットメ(鳩)。
茨城県全域で、ウシメ(牛)、イヌメ(犬)。
栃木県東部方言の例ではハジメ(蜂)、ジリメ(蝉)、ガニメ(蟹)、ンマメ(馬)、デデッポメ(鳩)。
二、亀
蚊では小さすぎる「噛め」であるが、少し大きく亀ではどうであろうか。亀の仲間で「噛む」のは「すっぽん」である。俗言に「スッポンは噛みつくと雷が鳴っても離さない」という程だ。
「かめ」だけで「すっぽん」をあらわす地方もある。それは『標準語引き 方言辞典』ですっぽんを調べると、
「かめ」=「すっぽん」広島県大崎上島、大分県中部、宮崎県西諸県郡・東諸県郡、鹿児島県肝属郡である。
「がめ」=「すっぽん」富山県、石川県、福岡県、長崎県西彼杵郡、熊本県、大分県。
ほかに「がめずほ」富山県射水郡。「かわかめ」鹿児島県揖宿郡。「かわたろー」奈良県吉野郡。
すっぽんの「かわかめ」に対するものは「うみがめ」である。
すっぽんと海がめは弥生時代の銅鐸の絵に出てくる。
見分け方はすっぽんは首の長い亀として、海がめは前足がくの字に後ろに曲がっている亀として描かれている。
神戸市灘区桜ヶ丘出土の桜ヶ丘1号銅鐸と五号銅鐸にも「すっぽん」の図柄があり、五号銅鐸には首が長いだけでなく甲羅の模様も亀甲ではなくすっぽんの特徴を良く捉えている。(写真2)(写真3)
すっぽんを「かめ」というのは噛むからであろうというのは、極自然の連想である。
「うみがめ」は「おーかめ(大亀)」ともいう。川の亀と比べると大きいからであろう。
三、おおかみ
〔 〕内の引用は東京堂出版吉田金彦編著『語源辞典 動物編』
〔「おおかみ 狼——
イヌ科の哺乳動物。日本の狼は明治の後期に滅んでしまった。
語源—「大神」が語源。神は祈りの対象であるが、人間が誤った行動をすれば滅ぼしてしまう恐ろしい存在でもある。そして人を食い殺すような恐ろしい猛獣も神と呼んだのである。
『万葉集』に「韓国の虎という神を」(三八八五)「大口の真神の原に」(一六三六)とあり、虎や狼が「恐ろしい神」として表現されている。(真神は狼の異名)この歌から判断すると万葉人にとってオオカミは確かに大神だった。しかし一方比較語源学の方法を用いるとおもしろい考えもできる。
参考までにいうと英語のオオカミwolfの語源は「引裂く(tear)」を意味する
印欧基語のwel−と関連している。英語のwolfは「引裂く獣」の意味であると考えられ、狼の「大きな口で引裂く」という特徴を捕らえた命名になる。そうすると『和字正濫鈔』や『日本釈名』などの江戸時代の書にも「大噛みの義」としているように、日本語のオオカミも「大噛み」が語源らしくもある。
奈良時代の人々は「オオカミ=大神」と理解し、その時代の平均的語源意識を示していることは確かである。一方“耳まで裂けた口”と形容し「大きな口を開けて噛みつく」狼を恐れて「大噛み」をオオカミ(大神)に重ね合わせたと考えるのにも一理あり、英語のwolfの語源がそれと平行している。」〕
私も狼(おおかみ)は「大噛み」と思っていたから、文献にある奈良時代の「大神」は新しいと思う。もっと古く縄文時代や弥生時代には「大噛み」=「狼」であったと思う。それはだれでも自然に受け入れられる。白土三平の短編まんが『忍犬』には大噛み=狼と戦う犬が口に短剣をくわえている。それで私は初めて狼=大噛みの考え方を知った。
四、おーかめ
狼を《おーかめ》というのはほぼ全国的で、小学館の『日本方言大辞典』によると「仙台、常陸、尾張宮、京都、青森県津軽、宮城県、秋田県南秋田郡・秋田市、山形県東置賜郡、福島県、栃木県、群馬県勢多郡・佐波群、埼玉県、千葉県、東京都南多摩群、八丈島、富山県、福井
県、山梨県、岐阜県、静岡県、磐田郡、愛知県、三重県、京都府、大阪府、泉北郡、兵庫県、奈良県、和歌山県、島根県、岡山県、広島県、山口県玖珂郡、大島、香川県」
《おーかめさま〔—様〕》は「神奈川県津久井郡」、《おかみ》は「福島県南会津郡」、《おかめ》は近江坂田郡、《おーかべ》は「青森県上北郡、三戸郡」
こうしてみてくると私が思うに「おーかめ」は「かめ」のグレードアップしたものと言えるのではないか。「かめ」が犬であれば「大かめ」は「大犬」の山犬や狼であるのは当然のことであろう。
おおかみは山の神(やまかみ)とも言う。とするとおーかめの方が古く、おおかみは宗教ができて神様の概念が広まってからの変化ではないだろうか。
また人間と犬との関係は身近で非常に古いといわれている。古くからの食料の、鳥、猪、鹿、何を狩するにも不可欠な動物である。その当時から「犬」は「かめ」といわれていたと考えられる。狩で犬をけしかける時「噛め!噛め!」と言ったと私は思う。
おわりに
ところで山犬と狼の関連を広辞苑で引くと
やまいぬ【山犬】(1) 日本産のオオカミの別称、(2) 山野にいる野犬の俗称とある。
おおかみ【狼】(大神の意)イヌの原種。日本本土産は小形系でヤマイヌとも呼ばれた。
ということは日本狼はやまいぬと呼ばれていた。ちなみにエゾオオカミはそれより大形である。
「おーかみ星【狼星】は大犬座(おーいぬ座)の星、シリウス新潟県岩船郡」というのも前出の『日本方言大辞典』にあり、「おーかみ」は「大犬」と通じるのではないかと思う。しかし犬は単独では「かみ」とはいわない。
ますます犬は「かめ」で、それのグレードアップしたものが狼「おーかめ」で、そこに山の神という宗教概念が入ってきて、「おーかめ」イコール「おーかみ」となった。
「かめ」だけで「狼」を表すところは福井県大飯郡、三重県阿山郡とある。「かめ」は日本語の「噛め」である可能性が出てきた。
(二〇〇六2,十一・九記)
参考文献
『語源辞典 動物編』吉田金彦著 東京堂出版 平成十三年五月三十日初版
『標準語引き 日本方言辞典』佐藤亮一監修 (株)小学館 二〇〇四年一月一日第一刷
『日本方言大辞典』尚学図書編 (株)小学館一九八九年五月二〇日第一版第三刷
2009.11.19写真は表示できないので省略ーーインターネット事務局
(写真1)『ふくいの古代』十一ページ 白崎昭一郎著 野の花文庫4(財)福井県文化振興事業団平成三年三月三〇日
(写真2)(写真3)銅鐸の世界展 地の神への「いのり」ーー図録 神戸市立博物館編P.六八 P.六九
これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)、『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。
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