2015年 8月10日

古田史学会報

129号

 

1,孫権と卑弥呼
卑弥呼の「魏」の遣使と
「呉」の孫権の脅威
 正木裕

2,鞠智城と神籠石山城の考察
 古賀達也

3,四国・香川県の史跡巡 り
 清水誠一

4,大化改新論争
 服部静尚

5,「相撲の起源」説話
を記載する目的
 岡下英男

6、九州・四国に多い
 「みょう」地名
 古賀達也

7,「壹」から始める古田史学 I
 正木 裕

8、古田史学の会
第二十一回会員総会の報告
会代表退任のご挨拶
 水野孝夫
代表就任のご挨拶
 古賀達也

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「みょう」地名について -- 「斉明」と「才明」 合田洋一(会報131号)

四国・香川県の史跡巡り 清水誠一(会報129号)../kaiho129/kai012903.html


四国・香川県の史跡巡り

神戸市 清水誠一

 かつて宇高連絡船が着いていた四国の玄関、高松港。シンボルタワーを中心に町並みが広がっている。少し郊外へ出ると「うどん店」の看板があり早速入ってみる。セルフサービスの店内は客で溢れていたが手際よく客は流れている。同席の四歳位の子連れ家族は食事を終わろうとしていた。若い父親は子どもに「早く食べて、もう一軒別のお店に行くよ」と言っていた。西村さんに聞くと香川県外の人がお店を「はしご」するとのことである。
 今回の史跡巡りは六月十三・十四日の二日間、神戸から同行した河合英也さんのレンタカーの運転と、現地の西村秀己さんの案内による四国・香川県である。

石清尾山(峰山)の積石塚群

 栗林公園から西へ一km位に石清尾山古墳群がある。高松平野に浮かんだような石清尾山は標高二百m余りの山で花崗岩の上に凝灰岩そして安山岩がのっている地層である。紫雲山から西に連なった塊で山上にはたくさんの積石塚や盛土墳がある。
 市民病院の横から登りはじめ、峰山公園の芝生広場から尾根上の遊歩道をあがっていくと、三号墳・九号墳・十三号墳と続く。横穴式石室から須恵器・鉄製品など多くの遺物が出土している。
 しばらく歩くと最大の積石塚である猫塚古墳の墳丘に突き当たる。この古墳群は四世紀から七世紀にかけてつくられたもので二百基余りあり、これらの古墳には墳丘を土で築いた盛土墳と土の代わりに石を積んで築いた積石塚がある。積石塚は特殊な形である双方中円墳をはじめ前方後円墳、方墳、円墳など多様で古くから注目されているそうだ。
 積石塚がつくられた理由は、石清尾山で石を得やすかったとする自生説と朝鮮半島の影響を受けたとする渡来説がある。一見すると無造作に自然に石が積み重なっているように見えるが、少し離れて眺めると積石塚だと分かる。なお、積石塚古墳は高松だけではなく徳島県にも見られ、長野県には六世紀から七世紀頃のものが多く存在しているそうである。
 積石塚古墳は香川・石清尾山から朝鮮半島をへ、そして中央アジアへと ーー 古代ロマンはつながっていく。

 

よみがえる天平の甍いらか

 JR讃岐府中駅から県道三十三号線に入ると水田の中に讃岐国庁碑が立っている。この辺りには、印鑰(いんやく)・聖堂(せいどう)・帳継(ちょうぎ)・垣の内(かきのうち)などの地名が残っている。国府・政庁があったところだ。
 香川県埋蔵文化財センターの近年の調査報告書を要約すれば次のようだ。
「今回の調査では飛鳥時代から平安時代の終わり(十二世紀)までの遺構が重なり合って見つかっている。
 平安時代の大型建物は国府に関係する遺構。柱を据える穴(柱穴)は柱間が三mと大きく大型建物が想定され、中心建物となる可能性がある」

 天平十三(七四一)年、聖武天皇は各国ごとに僧寺(国分寺)と尼寺(国分尼寺)を建てることを命じ、それぞれを「金光明四天王護国之寺」「法華滅罪之寺」と定めた。そして都・平城京には東大寺、法華寺を建立した。
 讃岐国分寺は現在でも四国八十番札所として賑わっている。境内には金堂跡、塔跡の礎石が残っており、昭和二十七年には国の特別史跡に指定されている。
 讃岐の国に関わることで崇徳上皇について触れておきたい。崇徳上皇は一一六四(長?二)年、保元の乱に破れて讃岐に配流されていたが、この地で没した。
 菩提を弔うために頓證寺が造営され、白峰陵の陵墓には一一六七(仁安二)年、西行が訪れ、「よしや君 昔の玉の床とても かからん後は 何にかはせん」と詠んでいる。
 今回の旅は香川県の西半分を巡った。椀貸塚古墳、観音寺郷土資料館、宗吉かわらの里、矢谷寺、旧善通寺偕行社、小比賀住宅、城山神社、満濃池など名所旧跡が多くある。西村さんお世話になりました。


 これは会報の公開です。史料批判は『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。

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