2014年12月10日

古田史学会報

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石原家文書の納音(なっちん)は古い形か

八尾市 服部静尚

一、はじめに

  今春、熊本県玉名郡和水(なごみ)町で発見された石原家文書の中に、九州年号によって書かれた納音というものがあって、このことは古賀達也氏によって詳しく紹介されています。この文書には宝暦四(一七五四)年正月上旬製作と記載がありますが、現在に伝わる納音(註1)とは異なる点があります。この論考ではその違いに注目して、石原家文書の納音が少なくとも中国南宋末(十三世紀)以前の古い形を伝えるものではないか、という点について論証します。

 

二、納音(なっちん)とは

  現代に伝わる納音とは、生まれた年の干支(えと)によって、その人の運命を判断するという占いです。例えば表4の一番目を見ていただくと、「甲子の年に生まれた人は、海中金と言って海中に沈んだ金のように、未だ目覚めていない秘めた才能を持っている」と占うわけです。
 隋の時代の蕭吉(しょうきつ)の撰とされる「五行大義」(註2による)に納音(註2では「なふいん」と読み仮名をつけられています)についての記述があります。
「納音の数を論ず -- 人の本命(生まれた年の干支)の属する所の音を言う。納とはこの音をとり、以って姓(性質・運命)の属する所を言う。「孔子曰く、丘、律を吹きて姓を定める」とあります。そして干支がどの音に属し、その姓がどうであるかが書かれています。
(一)先ず、納音数と五行(木・火・土・金・水)と音および音の姓の関連付けがされています。表1に、これを示します。これは定義だと考えて理解してください。そして、ここで定義した納音数から六十干支を五行に配置していきます。

表1

納音数 五行 五行の名(意味合い) 音の姓
冒:地を冒(おか)して(押しのけて)出る 触:陽気がうごめき万物が生じる
化:陽気が働き万物が変化する 祉(さいわい):万物が盛んになり幸い多い
吐:気の精を吐き出し万物を生じる 中:中央にいて四方に延びるもの
禁:陰の気が起り万物が生長を止める 章:万物が成就して明らかになる
演(ながれる):陰が変化し潤い流れ浸透する 宇:万物がこもり、あらゆる物を集めおおう

(二)配置の前に、十干とその名(それぞれが持つ意味合い)を表2に示します。ここで甲と乙、丙と丁、戊と己、庚と辛、壬と癸は、それぞれ同様の名とされています。これも定義です。

表2

十干 十干の名 注釈
甲、コウ・きのえ 押:押さえ封じること。春になると開き冬になると閉じる

甲乙の名がセットで一致する

乙、イツ・きのと 軋:春に万物が種の表皮を破って抜け出すこと
丙、ヘイ・ひのえ 炳:夏には万物が強大になり明らかに形をあらわす 丙丁の名がセットで一致する
丁、テイ・ひのと 亭:物が生長して、ある時期止まろうとする
戊、ボ・つちのえ 貿(易かえる):生長が既に極まり、それまでの体を変えようとする 戊己の名がセットで一致する
己、キ・つちのと 紀(すじみち):物が始めて成就した時そこにすじめがある

庚、コウ・かのえ 更(かわる):かわる 庚辛の名がセットで一致する
辛、シン・かのと 新:万物が生長し、改め変わって新しい物に生まれ変わる
壬、ジン・みずのえ 任(はらむ):陰気が陽気をはらんで> 壬癸の名がセットで一致する
>癸、キ・みずのと 揆(はかる・のり):筋道立てて芽生えさせる

(三)更に、十二支とその名(それぞれが持つ意味合い)を表3に示します。十二支の方も十干のように、例えば子と丑、寅と卯というようにセットで同様の名とされています。
そしてこの十二支を、それぞれ十干の一つに属させます。これも定義です。

表3

十二支 十二支の名(意味合い) 属する干 注釈
子、シ 孳(うむ・しげる):陽気が動き出し万物が芽生える 子丑でセットで一致する
丑、チュウ 紐:つなぐ。芽生え大きくなるのを紐で縛る
寅、イン 移また引:芽が地面から出ると、引張り伸ばし、地から移す 丑寅でセットで一致する
卯、ボウ 冒(おおいかくす):物が生じ大きく成長し、地を覆い隠す
辰、シン 震:すさまじくふるいたって、元の体より抜け出る 辰巳でセットで一致する
巳、シ 已(やめる):元の体が洗い去られ終わる。起:物がことごとく起こる
午、ゴ ?に午(あたる):万物が盛大になり枝が入り交じって盛んに伸びる 午未でセットで一致する
未、ビ 昧(くらい):陰気が長じ万物が衰え始め隠れ暗くなる。
申、シン 伸:引くようなもの、長じること。衰え老いて成熟する 申酉でセットで一致する
酉、ユウ 老または熟:万物が老い極まって成熟すること
戌、ジュツ 滅であり殺:殺が極まり物がみな滅びる 戌亥でセットで一致する
亥、ガイ 核であり?(とざす):万物を閉蔵し、みな、たねの中に入れる

(四)以上の定義を踏まえて、六十干支を五行に振り分けます。

例えば甲子であれば、子は表3より庚に属すとあるので甲庚となります。十干の甲から庚までは数えて(甲も入れて)七つ目になるので、表1の納音数七より五行の金に振り分けられます。丙寅であれば、寅が戊に属し、丙から戊は三つ目なので、火に振り分けられる。庚午であれば、午が庚に属し、庚から庚は一つ目なので、土に振り分けられる、という具合です。
以上の結果、表4の左側の六十干支が三〇組となって、五行との組合せで姓(性質・運命)が定まるわけです。

お断り;表がWeb上で表示できないため、五行ごとに表示

表4

五行  金

干支 干支からくる姓   現代に伝わる納音 石原家文書
甲子・乙丑 押さえ封じる−芽生える 海中金 海中に沈んでいる金(秘めた才能を持つ) 左同じ
壬申・癸酉 芽生えさせる−成熟する 劔鋒金 剣の先の金属(鋭く障害を切り捨てる) 銅金
庚辰・辛巳 生まれ変わる−元の体より抜け出る 白鑞金 錫(すず)のこと(臨機応変に姿を変える) 銀金
甲午・乙未 押さえ封じる−入り交り盛んに伸る 沙中金 砂の中に混ざっている金(内に才能を秘めている) 砂中金
壬寅・癸卯 芽生えさせる−物が生じ大きく成長 金箔金 金箔になった金(他の人を輝かせる) 鐘金
庚戌・辛亥 生まれ変わる−滅びる 釼釧金 かんざしと腕輪の金(場を明るく華やかにする) 釼金

 

五行  火

干支 干支からくる姓   現代に伝わる納音 石原家文書
丙寅・丁卯 物が生長−物が生じ大きく成長 爐中火 炉の中の火(制御された火力を保っている) 左同じ
甲戌・乙亥 押さえ封じる−滅びる 山頭火 山頂にて燃えさかる火(非常に目立った存在) 葬火
戊子・己丑 変えようとする−芽生える 霹靂火 激しい雷鳴晴天の霹靂(短期的な集中力に長ける) 釜火
丙申・丁酉 物が生長−成熟する 山下火 山裾で静かに燃える火(すばらしい潜在能力を持つ) 山頭火
甲辰・乙巳 押さえ封じる−元の体より抜け出る 覆燈火 灯籠の周囲を覆われた火(独自分野で才能を発揮) 行燈火
戊午・己未 変えようとする−入り交り盛んに伸る 天上火 天に昇っている太陽(行動力があって人の上に立つ) 左同じ

 

五行  木

干支 干支からくる姓   現代に伝わる納音 石原家文書
戊辰・己巳 変えようとする−元の体より抜け出る 大林木 大森林の中の木(目立たないが、安定) 森木
壬午・癸未 芽生えさせる−入り交じり盛んに伸る 揚柳木 柳の木のこと(向上心旺盛、従順で素直) 左同じ
庚寅・辛卯 生まれ変わる−物が生じ大きく成長 松柏木 長命の常緑樹(忍耐強い) 松木
戊戌・己亥 変えようとする−滅びる 平地木 平地に立っている木(平穏無事ではある) 左同じ
壬子・癸丑 芽生えさせる−芽生える 桑柘木 桑の木(有用な存在である) 桑木
庚申・辛酉 生まれ変わる−成熟する 柘榴木 ザクロの木(内面は充実している) 柘柏木

 

五行  土

干支 干支からくる姓   現代に伝わる納音 石原家文書
庚午・辛未 生まれ変わる−入り交り盛んに伸る 路傍土 道路の傍らにある土(地味だが、実は重要) 左同じ
戊寅・己卯 変えようとする−物が生じ大きく成長 城頭土 城頭から見える土地(繁栄の可能性を秘める) 深山土
丙戌・丁亥 物が生長−滅びる 屋上土 屋根の上の土(安定し知・精神で優れる) 左同じ
庚子・辛丑 生まれ変わる−芽生える 壁上土 壁に塗られた土(頑固な不動の精神力) 壁土
戊申・己酉 変えようとする−成熟する 大駅土 人や荷が集う要所(現実を重んじ包容力を持つ) 大澤土
丙辰・丁巳 物が生長−元の体より抜け出る 砂中土 砂の中に混ざった土(能力は砂の中に埋もれる) 左同じ

 

五行  水

干支 干支からくる姓   現代に伝わる納音 石原家文書
丙子・丁丑 物が生長−芽生える 澗下水 谷の急流の水(活発で勢いがある) 左同じ
甲申・乙酉 押さえ封じる−成熟する 泉中水 地から湧出る井水(枯れない豊かさ穏やかさ) 左同じ
壬辰・癸巳 物が生長−元の体より抜け出る 長流水 大河の絶え無い水流(人々をまとめる度量を持つ) 左同じ
丙午・丁未 物が生長−入り交り盛んに伸る 天河水 雨や雪が集まった大河(万物を潤し人のためにつくす) 池水
甲寅・乙卯 押さえ封じる−物が生じ大きく成長 大渓水 渓谷を流れる水(澄んだ心で着実に成果を出す) 山澤水
壬戌・癸亥 芽生えさせる−滅びる 大海水 全ての水が流れこむ大海(包容力と感受性を持つ) 左同じ

 

 例えば甲子と乙丑がなぜ同じ姓になるかというと、先に定義したように、甲と乙がほぼ同じ、子と丑がほぼ同じ名を持つので、結果として同じ姓(性質・運命)となります。
 そして甲子の姓は「金」と「甲」と「子」の名の組合せが意味する所、これがこの干支年に生まれた人の運命=納音(なっちん)になります。

(五)表4に干支からくる姓として、各干支の名から象徴的な言葉を抜き書きして示しました。(この抜き書きは五行大義から私が選んだ言葉です。)
これを見ると、干支が甲子もしくは乙丑であれば、「封じられたものが芽生えようとしている=秘めた才能を持っている様子」となります。それを判りやすく説明し、覚えやすくするために「海中」金と言う納音特有の形容する言葉を作ったものと考えられます。
つまり納音特有の形容部が無くとも、生まれ年の干支で占い自体は成り立っていることが判ります。ちなみに、隋代にできた「五行大義」にはこの「海中」とかの形容部はありません。

三、石原家文書の納音と現代の納音

 表4の右端の欄に、石原家文書から発見された納音を該当干支に合わせてその形容部を記載しました。その左側に現代に伝わっている納音の形容部と姓を示しています。
(一)この比較で判ることは、

 (1),現代に伝わる納音の形容部は全て漢字二文字で、石原家文書の方は一文字のものも混在している。
 (2),一文字のものは当然形容部が異なりますが、二文字のものでも、「覆燈」火と「行燈」火というように違っているものがあります。
 (3),現代に伝わる納音(註1)では、甲戌・乙亥が「山頭」火となっていますが、石原家文書の方では、ここは「葬」火です。

そして、現代に伝わる納音で「山下」火となっている丙申・丁酉を、「山頭」火というように入れ替わっています。

(二)これらが相違点です。現代に伝わる納音と石原家の納音の根源が同じとすると、全て二文字で揃っている方が整っていますので、変化のあり方としては、古賀氏が提起されたように、整っていない石原家文書の納音から現代に伝わっている整った納音に変化したと考えるのが妥当です。

(三)次に「山頭」火の入替えですが、甲戌・乙亥「押さえ封じる/滅びる」、丙申・丁酉「物が生長/成熟する」、これを比べると、石原家文書の方が「山頭」火が意味する「山頂にて燃えさかる火(非常に目立った存在)」に合致します。甲戌・乙亥「押さえ封じる/滅びる」は、これは石原家文書の「葬」火の方がまさにピッタリです。
 つまり、元々(石原家文書のように)正しく伝わっていた納音の形容部が、時代を経て現在の形に入れ変わってしまったと考えられます。
 この二点から石原家文書の納音は、より古い形であると考えられます。

四、石原家文書の納音ができた時代は

(一)中国明代の「七修類稿」(註3より)には(私訳ですが)「但し、海中金などの語は、甚だ明らかにできていない。輟耕録(てっこうろく -- 元の随筆集)によると天文学者の説とする。〜明の王誌道は〜納音の海中金などの語は、漢人が造ったものでない。その理由はザクロ(柘榴木)にある。」としています。しかし中国にはザクロが前漢もしくは三世紀に西域から伝わったとされていますので、鵜呑みにはできません。
 尚、山頭火は火山のことのように思えますが、明代に編纂された「三命通会」(註3)に次のようにあります。
(これも私訳ですが)「甲戌乙亥の山頭火とは、野原を焼き、見渡す限り燃え移るさま。空の彼方にほのかな夕日の、まるで山頭に日没するような、九月の野焼きの如し、草木を焼き尽くす火である。」黄河を示す「河」が「水」と混在する、天河水の形容部も中国で作られたとすると、変だなと思いましたが、同じく、「天河水とは、六野に水を撒き散らし、千郊に隙間なく雨が降るさま。天の川に淋淋と流れ、空より飛び来たる、天上の雨露は、万物を発生させ、頼らざるは無し。」とあり、天河水とは(星の)銀河に流れる(空想の)水のことを言うようです。
 そして、現代に伝わる納音の形容部とほぼ同じものが、(註3より)東園叢説(宋代)、事林廣記(南宋代)、蠡海集(れいかいしゅう、初版一三四五年)等に記載されています。(つまり、石原家文書の納音形容部だけが、異質であることが判ります。)
以上から、漢人で無くとも、私はこの形容部は少なくとも中国で完成したものと考えます。

(二)先にあげた註3で納音の形容部を全検索してみました。結果、宋以後には先の通り出てくるのですが、漢・三国・晋・南北朝・隋・唐までの文献でこの形容部は一切出てきません。
この納音の形容部が、中国で作られたものとすると、石原家文書の納音は、先にあげた中国の宋・元・明時代の文献にも記載されていない形を残していることになります。

(三)石原家文書は、より原始的な形の一文字と二文字混入の形容部をもっていること、そして丙申・丁寅を「山頭火」、甲戌・乙亥を「葬火」とする、より干支の持つ意味合いに近い形容部を持つことから、石原家文書の納音は古い形と考えられますが、この古い形は、納音の発生元の中国の宋・元・明時代の文献にも記載されていない、と言う貴重なものだということになります。

 石原家文書の納音は、少なくとも宋以前の中国の納音の古い形を現在に伝えるものと考えて良いのではないでしょうか。

以上

《参考文献》 
註1、インターネット「風来のわんち」等
註2、「五行大義」明治書院、中村璋八著
註3、インターネット上の「維基文庫、自由的図書館」より引用


 これは会報の公開です。

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