2015年 4月15日

古田史学会報

127号

1,「張家山漢簡・居延新簡」
 と「駑牛一日行三百里」
   正木裕

2,短里と景初
誰がいつ短里制度を布いたのか?   西村秀己

3,“たんがく”の“た”
   平田文男

4,邪馬台国畿内説と古田説はなぜすれ違うのか
   服部静尚

5,学問は実証よりも論証
  を重んじる
   古賀達也

6,「唐軍進駐」への素朴な疑問
   安随俊昌

7,『書紀』の「田身嶺・多武嶺」
   と大野城
   正木 裕

8,倭国(九州王朝)
   遺産一〇選(下)
   古賀達也

9,断念
   古田武彦


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古田武彦先生の奥様の訃報(会報124号)


断念

古田武彦

断念 古田武彦

     一
 「『ギリシャ行き』を断念した。」
 今年(二〇一五)の二月一日(日曜日)、日本人二名(湯川遥菜・後藤健二氏)殺害の報道が発表された、その瞬間だった。
 わたしはすでに「ギリシャ行き」にO.Kの立場をとっていた。「もし、余命があるならば」の要望だった。直ちに和田マサミ(多元)さんから反応があり、東京古田会・古田史学会等からも加わり、すでに三十数名を越えていた。しかし「人のいのちには代えられない。」わたしには迷いはなかった。

     二
 昨年の八月十八日(月) わたしは妻(令*子)を失った。午後一時四十分、桂病院である。長男(光河)と共に住むこととなった。余命のある限り、研究と執筆に全力で朝夕をすごしている。
  二〇一五、二月八日(日曜日)筆了


 これは会報の公開です。

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