2004年6月1日

古田史学会報

62号

1、別府・鶴見岳を
天ノ香具山とする文献
 水野孝夫

2、ホトノヂは
大戸日別国の祖神
 西井健一郎

3、ヤハタの神と
 宇佐八幡宮
 斉藤里喜代

4、連載小説
彩神(カリスマ)
第十話 深津栄美

5、マリアの史料批判
 西村秀己

6、続・「九州年号」
真偽論の系譜
 古賀達也>

7、市民タイムス
太田覚眠と
信州の偉人たち
 松本郁子

本物の歴史に出会えた喜び
事務局便り

 

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『 彩  神 (カリスマ) 』 第十話 若草の賦(ふ) 杉神


◇◇ 連載小説 『 彩  神 (カリスマ) 』 第 十 話◇◇

若草の賦(ふ)4

 −−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇深 津 栄 美

 盛大な太鼓の轟きに、樫の枝々が小刻みに慄(おのの)いていた。火の反映に木の葉が黒い網目のような影絵となって浮かび上がり、風の吹く度に爽快な香りがくすぶる煙を押しのける。「橿日の宮」の名は、この大木にちなんで付けられたのだ。
 芳香は、昼間と同じ若草色の衣裳に着替えた岩長からも漂い、隣に腰を下ろした天火明(ほのあかり)は、夢心地で彼女を抱き寄せていた。炎を囲んで天火明の弟邇々芸(ににぎ)が部下や木の花、その侍女達と活発な足拍子を踏んでいる。白衣の袖や裾の閃きに合わせて黒髪はなびき、目と歯が輝いた。
 太鼓は数を加えていよいよ力強さを増し、鶯色に光る大瓶を掲げて女の一団が、伶人(れいじん 楽士)達の前を通過する。天国(あまくに)や白日別(しらひわけ 北九州)ではろくろの導入で、かなり前から縄目を押し付ける装飾法は廃(すたれ)れ、簡素で洗練された形の器(うつわ)が焼かれるようになっていた。

 天(あめ)の下四方(よも)の百姓(おほみたから)に至るまで
  長く平らけく護り恵まひ
  幸(さき)はへたまほと・・・・・・ (「祝詞」より)
(国民(くにたみ)の末に到るまでを、どうか長く平和にお守り下さい。)

 折から、虫の羽音のような合唱が湧き上がり、
 「お離し下さい。神の神酒(みき)を捧げねばなりません。」
 岩長に小声で告げられ、天火明は名残り惜し気に腕を解いた。
 巫女(かんなぎ)の印に青と白の元結で黒髪をまとめた岩長は、立ち上がると真直祭壇へ向かって行く。侍女の一人が差し出す瓶(かめ)を岩長は素っ気なく受け取り、
 ・・・・・・瓶(みか)の上(へ)高知(たかし)
  瓶の腹満(み)て雙(なら)べて
  汁にも穎にも称辞竟へまつらむ・・・・・・
     (前掲)
(瓶に溢れる程お酒を注ぎ、汁や米飯も取り揃えて神前に捧げよう。)
 祝詞に合わせて、中味を祭壇にまき散らした。
;・・・・・・いざ、偉大なる曽富理神よ
  汝が末裔を守り給え・・・・・・!
 長老達の祈りの歌声を、
 「曽富理神ではなく、今日からは天照様の御名を唱えて貰おう。」
 邇々芸が遮った。
 「曽富理神は尊き宇宙神の息子ながら、実在していたかどうかも判然としない太古の神だ。その点、我が祖母君は立派に御健在の上、眩めく太陽の申し子なのだからな。」
 一瞬、木の花が白目をギラつかせて邇々芸を睨み、岩長の手の中で酒瓶は彼に投げつけられそうに震えた。気配を察して天火明も、銀灰色の蓬髪の下で青白く光る顔を引き締める。
 が、邇々芸は兄達の表情など知らぬ風で、
 ・・・・・・韓国(南朝鮮)に向ひ
 笠沙の御前に真来(真直な大通り)通りて
 朝日直刺す国
 夕日の日照る国・・・・・・(『古事記』より)
(韓国の方向へ真直に道が走り、朝日はまともに射し込み、夕日の照り映えるこの笠沙の地は、何と良い所よ。)
 と、歌いつつ、木の花の手を取った。木の花は白鑞(はくろう)のように生気を失い、邇々芸に両手をつかまれ、引きずり回される。
 (建様・・・・・・)
 岩長は目を背けた。
 妹の不注意で自分までがとんだ羽目に陥ったとは思いたくなかったが、邇々芸の自由にされている木の花の姿に、
 (良い気味だ─)
 と、復讐の快感めいたものを覚えたのは事実である。
 出発の慌ただしさに紛れてヒョウタンの用意を忘れた妹、釣川の岸に辿り着いた時、ここまで来ればもう大丈夫だとの安堵感から、水に潜って泳ぎ始めた木の花・・・・・・悲鳴を聞いて駆けつけた岩長の目に映じたものは、邇々芸初め天国の追っ手に暴行されている妹の、白い蕾のような裸身と、銀の蓬髪をなびかせ、自分の前に立ちはだかった天火明の青銅の甲冑だった。成す術もなく木陰に組み伏せられ、息もつけずに銀の渦に巻き込まれて行った自分・・・・・・
 こんな形で故郷へ戻るとは、誰が予想したろう・・・・・・? 父も母も投獄されて首をはねられ、残った物は橿日の宮居と海と野山・・・・・・違う相手と婚礼の祭壇に臨む位なら、いっそのあのまま三人共息絶えてしまえれば良かったのに・・・・・・
 天国の皇子兄弟が木の国の姫姉妹を狙ったのなら、建御名方を追って行ったのは浜辺でと同じく建雷と天鳥船か・・・・・・? 母の贈った峰風が駿馬でも、天国軍は百を越す人数、東の涯まで逃げ了せる事が出来るだろうか・・・?
 (いいえ、逃げて、建様、どうか無事に──今朝は陽光の下で健やかに伸びる若草だった私達が、夜にはもう枯れてしまうだなんて、そんな事があって良いものですか・・・・・・〜)
 いつか宴は果てて人気がなくなったのも知らず、岩長は祭壇の前に崩折れて泣いていた。 (続く)


 これは会報の公開です。

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