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　　お断り：当会ホームページに掲載されている合田洋一氏の論説に対する史料批判は、これらの本で確認してください。

新説伊予の古代

創風社出版

合田洋一

あとがきにかえては、下にあります。

《目次》

001 緒　言　古田武彦

006 はじめに

０１１国生み神話の伊予之二名洲考いよのふたなのくにこう

　　　 -- 愛比賣えひめと風早国かざはやのくに

　　　　　本論は、『国生み神話の伊予之二名洲考いよのふたなのくにこう』(風早歴史文化研究会二十五周年記念出版、２００２年７月)に、同書の増補改訂版(『古代に真実を求めて』第六集所収・２００３年４月、また『聖徳太子の虚像』創風社出版・２００４年７月にも収録)と、「風早国・越智国考察の新展開」(『風早』第54号所収、平成１７年１２月)など、初版の「二名洲の比定地」に「えひめの語源」・「風早に南海道発見」を加えたものである。

伊予之二名州考新説伊予の古代合田洋一

014 目次

018 第一章　伊予之二名洲の比定地 -- 通説と古田説

018 一　通説
019 二　古田説

024 第二章　愛媛県の地名に残る二名

024 一　二名津ふたなづ -- 西宇和郡三崎町二名津(現伊方町)
　　　(1) 地名の由来
　　　(2) 神社
　　　(3) 三崎町の古代遺跡
026 二　二名ふたな -- 北宇和郡三間町二名(現宇和島市)
027 三　二名にみょう・二名川にみょうがわ -- 上浮穴郡久万町二名(現久万高原町)
028 四　地名に残る二名の総括

032 第三章　神話に託した「一・二・三」の地

035 第四章　二ヵ所の“ナ・那・難”

035 一　瀬戸内海には、想定される二組のナが二ヵ所ある
036 二　早風国造くにのみやつこ
037 三　風早の地名由来
　　　　　(1) 壱岐の風早
　　　　　(2) 伊予の風早
039 四伊予の二カ所のナ -- 難波津と那賀津

048 第五章　輝ける“古代えひめ”

048 一　風早の遺跡
　　　　　(1) 墳墓
　　　　　(2) 縄文時代遺跡
　　　　　(3) 弥生時代の主だった遺跡
051 二　神社
057 三　謎の仏像群

063 第六章　古代えひめ文明の一原点

063 一　風早の新城山しんじょやまに巨石群があった
　　　　　(1) 鏡かがみ･女神岩めがみいわ
　　　　　(2) 男神岩おがみいわと祭壇
　　　　　(3) 鏡岩は縄文灯台
　　　　　(4) 新城山は霊山
081 二　愛比賣えひめの語源は「えひめ岩」
083 三　伊予之二名洲は「瀬戸内海神話」の主要舞台

086 第七章　大山祇神社文書と風早国

092 第八章　二名国･風早国の興亡

092 一　海上交通の要衝･風早国
094 二　ナ・ナンバ･ナニワの意と地名東遷
094 三　難波･那賀の繁栄
095 四　風早国の消滅 -- 物部薬と白村江の戦
097 五　物部氏･風早氏の行方
　　　　　(1) 風早の物部氏残照
　　　　　(2) 風早氏の残照

103 第九章　風早に南海道を発見
　　-- 上難波･下難波の地名考察を通して

109 むすび

　伊予の二名洲の比定地は、本居宣長以来四国全島を指すというのが今までの通説であった。それに対し、古田武彦氏は初めて一地域・一地点説を提起した。私もこの説に大いなる感銘を受け、先学の労作を参考にして拙稿を記した。
　私は「伊予之二名洲」は風早国の“二カ所のナ”であると確信をもって比定したい。
　難波･那賀は筑紫にもあったことが分かっている（筑紫は那珂）。そこははたして“筑紫の二ナ”（フタナ）と言われたか、その記録･伝承は管見の限りでは無い。しかし、伊予に関しては、難波・那賀で“伊予の二ナ”（フタナ）と呼ばれたと考えたい。
　縄文時代から弥生時代に壱岐･対馬の天族（海人族）が、姫島の「黒曜石の鏃」を持ってこの地へやって来て、旧石器時代からの「サヌカイトの鏃」を持つ先住民を支配下におき、“二カ所のナの津”を築いていた。海上交通の要衝なるゆえ繁栄したと考えられる。天族の“国生み神話”の舞台に、「フタナノクニ」としてして登場してくるのである。
　その後、壱岐の風早氏が弥生時代中期（BC２００～AD１００）頃に、青銅器を持ってやって来てこの地に根づき、故地にちなみ、かつまた氏族名をとって風早の地と呼ぶようになった。風早氏こそが周辺の高田･河野･粟井も支配下におき、部族国家（クニ）の「風早国」を最初に築いたもので、物部氏による支配はその後、弥生末か古墳時代に入ってからではなかろうか。鉄器を持ってこの地へ来て、風早氏を服属させたと考えたい。なお、これについては九州王朝倭国による征服と考えてもよいのではないか。前方後円墳を３基も築いた力は相当のものだったと推察できる。 1

　なお、風早国以前のフタナノクニを含む当時の伊予は、出雲王朝の勢力下にあったことが窺える。それは、温泉開発にかかわる大穴牟遅命オオナムチノミコト･少彦名命スクナヒコナノミコトの説話 2 や、大洲地方の少彦名命の伝承として、命が肱川の激流にのまれ死亡、梁瀬山の御壷谷に埋葬された話があり 3・ 4 、この梁瀬山にあった古墳は明治三年まであったと言う（ 5 西園寺源透）など、この伊予には出雲系の神々を祀る神社や説話がやたらに多いことからも頷ける。出雲王朝から“国譲り”による天国の九州王朝への政権交代（古田武彦氏説）が、この伊豫にも色濃く残っていると見做したい。

　二名之洲の比定地として、“二カ所のナ”を説いたのは私が初めてではないかと思っているが、先輩諸兄は何と突拍子もないことと一笑にふすかもしれない。
　しかし、重ねて述べるが『古事記』の隠伎之三子島も、３つの数を表現している。壱岐島（一大国）もまたしかりである。それに従えば二名の地名を史書上に発見できないとしても、その数を地名に託すことは十分考えられた。「神話に託した一･二･三の地」の一つである。
　また、大山祗神社に伝わる『三島宮御鎮座本縁』の伝承説話、「二名国分彦命またの名を風早国分彦命と言う」が、拙論に決定的帰結をもたらした、と考えている。私は“二カ所のナ”に拘ったのは間違いではなかった、と自信を持って筆を擱きたい。

　そして･新城山の「女神岩」が“古代えひめ文明の」原点”であり、“愛比賣　エヒメ”の語源と考えられることもーー　。ここは私にとって、無上に悠久の昔が偲ばれてならない。ご批判を乞い願いつつ提起する次第である。

　また古田氏の研究で一躍注目を浴びた「幻の筑紫舞」に登場する“難波津より上りし翁 6 ”は、近畿の難波ではなく、風早の難波ではないかと、ふと思ったりもしている。

注
1、最近の調査で発見された北条の浅海地区の前方後円墳「高山古墳」を含む
2、『伊豫風土記』逸文
3、『伊予温故録』宮脇通赫著　１８８７年
4、『大洲舊記』（大洲新谷舊記集草書）寛政十三年富永彦三郎著１９３８年豫陽叢書刊行会
5、『伊豫史談』第拾四巻第四号１９２９年西園寺源透
6、『よみがえる九州王朝』　古田武彦著、角川書店、１９８３年

越智国おちのくにの盛衰せいすい
-- 永納山古代山城えいのうざんこだいやましろ築城の背景

　　本論は、風早歴史文化研究会第二十八回定期総会・合田洋一記念講演録「風早国・越智国考察の新展開」(『風早』第54号所収、平成１７年１２月)に、「伊予国府の比定地 -- 国分・古国分の地名考察」(『伊豫史談』349号所収)を加えて「越智国の盛衰おちのくにせいすい」 -- 永納山えいのうざん古代山城築城の背景」として、越智氏の出自と越智王国の盛衰。そして、その中での熟田津石湯行宮と永納山古代山城築城の背景について論述する。

越智国の盛衰新説伊予の古代合田洋一

118 第一章　越智国おちのくにの盛衰

118 一　越智国の遺跡
127 二　越智国のあけぼの
132 三　謎の文書『無量寺由来』と斉明天皇
136 四　牛頭天皇(ごずてんのう　天王)
138 五　熟田津 -- 西条説
142 六　舒明天皇説話
143 七　越智氏の出自
145 八　伊予国遠土宮とは
147 九　越智国の領域と越智氏の都
150 十　朝倉の地名の意

156 第二章　伊予国府の比定地
　　　　　-- 国分・古国分の地名が物語る

156 一　国府比定地の従来説
159 二　「古」の論証と越智国
163 三　伊予国府の比定地
167 四　伊予国の初代国司は誰か

172 第三章　永納山えいのうざん古代山城築城の背景

172 一　古代山城・神籠石城こうごいしじょう・水城みずき
180 二　永納山古代山城

183 むすび

　以上、古いにしえの越智国･越智氏について述べてきた。弥生時代の部族国家の「クニ」の成り立ちから、終焉に至る八世紀初頭（７０１年）、つまり大和朝廷の律令体制に入るまでの間。そして、永納山古代山城についても言及を試みた。
　越智国の領国の範囲は、旧越智郡･周桑郡･新居郡（但し新居浜市については、まだ確証はもっていない）にわたる広大な領域であったと考えられ、その中心地つまり王の居する所は、古くは朝倉の古谷こやであり、次いで今治市東部の新谷にやへ移り、そしてその後、古国分ふるこくぶに移ったものと考えている。
　伊予国内に分立する国々、即ち伊余、久味（久米）、小市（越智）、怒麻（野間）、風早 1 、それに加えて筆者は宇和と宇摩地方にも国があったと思っているが、これらの中でも越智王国が最大の強国であったのである。
　日本列島の主権者は、初めは出雲王朝、その後は博多湾岸や太宰府を首都とする九州王朝であった。つまり、この筑紫時代 2 には天子の直轄地であった九州 3 以外の国々は、九州王朝を宗主国と仰ぐ緩やかな国家連合体であったのである。その中にあって、越智王国はその連合体の一員である大和王朝とは規模の違いはあるが“個別独立に存在”していたのである。
　このことは、「大和朝廷一元史観」による通説、「伊予国内は五世紀頃から大和朝廷の支配圏であった」が、大きな間違いなのである。正に、この頃の伊予国は「多元的古代社会」の真っ只中にあったのである。
　その後、大宝元年（７０１）に九州王朝から大和王朝の天皇家に日本国の主権が移ったのであるが、その時に発布された「大宝律令」により、国郡制が定められ、伊予国府が越智郡（旧今治市内）に置かれた。
　その国府所在地の比定地は「国分」であり、それと相対しての「古国分」は評衙･郡衙が置かれた所、と見做したい。
　そして、国府があった越智郡は伊予国内十三郡の内では一番大きい「中郡」として位置付けられたことからも、越智氏の勢力は強大で時には国司を凌ぐほどの力もあったことが窺われる。 4 その後、河野氏が台頭してくる平安時代末までは伊予国内随一の豪族でもあったのだ。
　なお、越智氏の出自については、今のところ仮説の域はでないが、天孫族の可能性が窺われる。
　また、永納山古代山城は越智氏の聖地･朝倉を守るために白村江の戦いの遥か以前に越智氏が築いたものであろう。

　それにしても、この越智国には舒明天皇･斉明天皇･中大兄皇子（後の天智天皇）伝承があり、中でも斉明天皇伝承は数多くあって、伝承の行宮跡（木ノ丸殿・石湯行宮）、そして陵墓まである。また、不思議な名前の長坂天皇・長沢天皇・朝倉天皇･中河天皇などもあり、「天皇多元説」を思わせる天皇名オンパレード地帯でもあった。それに対して、松山市中心の道後平野には、舒明天皇･斉明天皇伝承などは皆無に等しい。万葉歌人・山部赤人が詠う「伊予の高嶺」の情景や「射狭庭の岡」「飽（熟）田津」の比定地を考える時、この朝倉・西条にも温泉があったと思われることから、『日本書紀』の「温湯宮･伊予熟田津宮･石湯行宮」を安直に道後温泉とすることには無理があった。
　ところで、ここで第一章の三「謎の文書『無量寺由来』と斉明天皇」の項でお断りしておいた「斉明地名」と「斉明天皇」の“不思議”について述べることにしたい。
　当初私は、この「斉明」という地名に拘った。それは斉明天皇朝倉来湯の確固たる根拠に成りえると思ったからに他ならない。
　ところが、これについて古田氏より驚愕きょうがくのビックなご教示を戴いた。それは、

　　天皇の名が付いた地名などは聞いたことがない。斉明という名は後世のものなので古代からの地名であるならばおかしい。もし古代からの地名であるならば、その時実在の「斉明」という人物ではなかろうか、もしかすると皇極天皇重祚ちょうそとされる「斉明天皇」は大和王朝の天皇ではなく、九州王朝の天子だった可能性も考えられる。そして、「皇極天皇」は大和王朝の天皇であった。

という。
　びっくり仰天である。学間としては、もちろんまだ作業仮説の段階であっても、なるほどと思う。正に脱帽である。私は朝倉に来湯した斉明天皇は、九州王朝の天子の行幸説話を置き換えた可能性もある、とも先述していたが、ここまでは全く思いもつかなかった。まず、皇極天皇の名は「宝皇女、天豊財重日足姫あめとよたからいかしたらしひめ」であり、皇極･斉明諡号は奈良時代末か平安時代初期ではなかろうか。また『日本書紀』斉明紀七年三月の記事
　　「御船、伊予。熟田津石湯行宮に泊つ。熟田津此れをば[イ爾]枳柁豆にきたつといふ。三月の丙申の朔庚申に、御船、還りて娜大津に至る。磐瀬行宮に居ます。天皇、此を改めて、名をば長津と曰ふ。
　　　　　[イ爾]は、人偏に爾。JIS第３水準ユニコード511E　　　　

とあって、この中の、「還りて娜大津に至る」の記事が不思議でならなかったのである。何故還るのか。元々娜大津、即ち博多に居たので、また還るとなったのか、これが解らなかった。ところが九州王朝の天子であるならば、これですっきりする。
　なお、これに関連して正木裕氏は『有馬の皇子謀反と斉明牟婁温湯行幸の真実 5 』、で、「斉明の筑紫遠征はなかった」斉明紀の伊予行幸の記事は九州王朝の天子の説話をはめ込んだものではないか、と書いておられる。これも大変びっくりであるが、参考にもなり、注目に値する素晴らしい論文であることを付言しておきたい。
　『日本書紀』斉明紀は、拙論『渡嶋と粛慎』（『なかった真実の歴史学』 6 の二号～五号で連載）でも指摘している通り、他史書（特に九州王朝の史書）からの盗用･はめ込み記事が多くあるので、記事全体を“眉にツバをつけて見なければならない”と思っていた。「不思議満載の斉明紀」は、これからの古田史学において、次々と新しい発見、歴史を塗り替えることになりそうである。
　そして私は、斉明天皇終焉の地について、『日本書紀』にいう九州の朝倉ではなく、陵墓のある伊予の朝倉ではなかったか、と思っていたが、これについても古田氏は次のような見解を示して下さった。それは、７

　　　筑紫の朝倉に斉明天皇の墓がないことにも意味がある。それは、『日本書紀』斉明紀二年の条に、斉明天皇が行った大規模な土木工事（事実は、最近大和の飛鳥で発見されたのであるが、水路は小規模なものであった）を、「狂心たぶれこころの渠みぞ」とまで記載していることでも解るように、九州王朝の天子（第一権力者）に加担して唐･新羅の連合軍と戦おうとした天皇だったからである。また、筑紫には「水城」や巨大な貯水池や長大な堤が、「白村江の戦い」以前に九州王朝によって造築されていたので、『日本書紀』ではこれと斉明天皇の事跡と“取替え”唐に配慮した右の記述となったのではないか。そしてまた、親唐派の中大兄皇子や中臣鎌足等は、九州王朝から大和への政権纂奪の思惑もあって、唐に遠慮して墓を作らなかったことも考えられる。そうなると、伊予の朝倉の墓は供養塚だった可能性もある。

と。
　そこで思うことは、「白村江の戦い」の敗戦後、唐の戦勝軍が４０００人も博多湾岸に進駐していたことである。この『日本書紀』編纂時の七二〇年にはどれだけの唐軍が居たのかは定かではないが、その影響下にあったことは否定できない。何やら先の大戦後、マッカーサーの下で作られた『日本国憲法』が思い起こされる。言うなれば、『日本書紀』に唐の“背後霊”がちらつくのである。
　いずれにしても、「斉明天皇」伊予行幸説話の真実はまだまだ闇の中、仮説の段階ではあるが、従来の道後来湯説は違うのではないか、その「斉明天皇」といわれた人物の来湯は、朝倉･西条にあった越智国だったという思いに至る。さすれば「熟田津石湯行宮」「射狭庭の岡」もまた然り、越智国にあったことになる。
　この論稿が向後伊予の郷土史研究に際し、何がしかの足しになるならば、幸甚の極みである。

注
1、『先代旧事本紀』「国造本紀」記載
2、九州に覇権があった７０１年までを言う。荻上紘一氏（大学評価･学位授与機構教授、東京都立大学元総長）の命名による。
3、九ヶ国であるから九州ではない（後に結果的に九ヵ国になった）。中国「周」の建国時に皇帝の直轄地を九州に分けたことにちなむ。『九州王朝の論理』（古田武彦、福永晋三、古賀達也共著　２０００年５月明石書店）に詳しい。
4、景浦勉著『伊予の歴史（上）』に詳しい。
5、『有馬の皇子謀反と斉明牟婁温湯行幸の真実』正木裕氏著　２００８年８月
6、『なかった -- 真実の歴史学』古田武彦直接編集創刊号（２００６年５月）～現在･五号（２００８年６月）
7、２００８年７月６日、古田史学の会･四国の「第二回北九州の古代を訪ねる旅」のバスツアーでの講演。

聖徳太子の虚像 -- 道後来湯説の真実

　　　　　本論は、『聖徳太子の虚像』(創風社出版、２００７年７月)、「聖徳太子は〈日本書紀〉にもいなかった」(『多元』 No.64所収、２００４年１１月)、および「歴史学の本道と伊予の温湯碑」(『伊予史談』341号所収、平成１８年４月)に、その後の新視点を加えたものである。

191 目次

195 第一章　聖徳太子道後来湯説の真実
　　　　　　　-- 聖徳太子とは一体何者なのか

202 第二章　九州王朝の点描

202 一　弥生時代の幕開け
205 二　部族国家(クニ)分立の時代
206 三　出雲王朝
214 四　九州王朝の誕生(筑紫ちくし時代) -- 天照大神アマテルオオカミと天孫降臨てんそんこうりん
217 五　神武東侵 -- 九州王朝の分家王朝誕生
　　　　　(1) 神武軍団と長髄彦ながすねひこによる大阪湾海戦
　　　　　(2) 神武歌謡
　　　　　(3) 二倍年暦
222 六　志賀島の金印
226 七　倭国王帥升すいしょう
227 八　「魏志」倭人伝の世界 -- 「邪馬台国」はなかった
　　　　　(1) 壹と臺(台)の探究
　　　　　(2) 魏使の行程 -- 短里と長里・部分と全体
　　　　　(3) 侏儒国しゆじゆこく -- その痕跡を沖の島(宿毛)にみた
　　　　　(4) 裸国らこく・黒歯国こくしこく
　　　　　(5) 邪馬壹国の所在地
　　　　　(6) 女王・卑弥呼ひみか
　　　　　(7) 卑弥呼の鏡
　　　　　(8) 卑弥呼の墓
251 九　倭の五王

257 第三章　温湯碑が語る真実

257 一　史料の検証
258 二　『伊予国風土記』
263 三　『釈日本紀』と『万葉集註釈』
266 四　九州年号の実在性 -- 法興年号とは
　　　　　(1) 年号は「時の暦」
　　　　　(2) 九州年号と金石文
　　　　　(3) 『日本書紀』の三年号は偽りの年号
　　　　　(4) 九州年号と詔勅
　　　　　(5) 並立年号と兄弟統治
　　　　　(6) 九州年号の制定
　　　　　(7) 年号は天子より作れない
281 五　法王大王の正体
　　　　　(1) 「我が法王大王」
　　　　　(2) 「法王大王」二人説について
286 六　恵總えそう法師
288 七　葛城臣かつらぎのおみ

292 第四章　『隋書』イ妥国伝たいこくでんがわが国の古代史を変える

292 一　イ妥国はいずこにありや
298 二　イ妥王・多利思北孤たりしほこ、今に甦る

307 五章　釈迦三尊像の微笑み -- 光背銘が示すもの

307 一　銘文の検証
312 二　上宮法王とは一体だれか

316 第六章　聖徳太子は『日本書紀』に存在していなかった

319 第七章　考古学上の出土物 -- 評ひょうによる証言

319 一　郡評問題
320 二　筑紫都督府
322 三　伊予国にかかわる評の遺物
327 四　評が示す伊予国

334 第八章　九州王朝の残影

334 一　白村江の戦い
336 二　古代山城・神籠石城こうごいしじょう・水城みずきについて
338 三　『旧唐書くとうじょ』からみた日本

343 終章　「万葉八番歌」の熟田津にきたつはいずこに

352 むすび

　『伊予国風土記』逸文の「温湯碑」に刻まれた“法王大王”が、風土記編者の思惑により聖徳太子であるとされたことから、「聖徳太子道後来湯説」が生まれた。それが今日に至るまで、あたかも真実であったかのように史書に留め喧伝されてきたのである。
　私は、古田武彦氏の提唱する「多元史観」に魅了され、九州王朝を理解した時に、「聖徳太子道後来湯説」は事実ではない、間違いであると気づいた。
　この大きな間違いを松山市は「観光の目玉」の一つにしている。その現状を憂い、何とかしなければ、これを後世にこのまま遺してはいけないと思い続けてきた。
　そこで松山市に住む者の一人として、たっての思いから、古田氏の学説を基にして伊予の古代を論述してきたのである。
　松山で会う人会う人に「聖徳太子は道後には来ていなかった、いやそれだけではない聖徳太子そのものが〈虚像〉だった」、と言うと必ず怒られたものである。「夢を壊すな」「よそ者が何を言うか」(筆者は北海道出身)「道後をつぶす気か」と叱られた。それだけ松山市民にとっては「重い伝承」だったようである。
　しかし、どうであろう、これまで見て来たとおり、「温湯碑」に刻まれていたのは、もっと素晴らしい人物だったのである。
　誇り高く、崇高で徳のある天子、日出ずる処の天子、中国の王朝「隋」と対等に渡り合った天子、日本列島を代表する時の最高権力者、九州王朝倭国王・上宮法王・多利思北孤　ーーその人が、「湯治」と支配圏の「巡察」のためであろうか遠く伊予の地まで来湯したのであった。
　「大和朝廷一元史観」に立脚して古代史を観る限り、わが国古代史の謎は解けないと考える。
　矛盾だらけのまま辻棲合わせをしても、綻ほころびがあちこちに出るが、「多元史観」の「古田史学」で「九州王朝」の存在を認めると、曖昧模糊の靄もやが晴れてくる。
　縄文や弥生の「神話」、出雲王朝より「国譲り」を受けた天国あまくにの女王“天照大神アマテルオオカミ”“邇邇芸尊ニニギノミコト”の「天孫降臨てんそんこうりん」の真実、そして「九州王朝」の成立、これにより「筑紫時代」の幕開けとなった。そして、“神武東侵”による大和の「分家王朝」、降って７０１年の「日本国成立」に至るわが国の古代史が、真実として矛盾なく、しかもロマンに満ち解明できるのである。
　古代史学者や作家の通説論者は、『隋書』イ妥国伝を「大和朝廷一元史観」で読み解くことによって、その地が大和になり、多利思北孤が聖徳太子や蘇我馬子になってしまうのである。
　そして、自分の都合のいいように原文を改定したり、推理・想像で論述することにより、いたずらに混乱に拍車をかけている。
　史料は忠実に扱われなければならない。特に中国の史書は、他国のことを記すのに「うそ」を書く必要はないわけであるから、わが国の「勝者(大和朝廷)の歴史書」よりむしろ事実を有りのままに伝えていると考えた方がよい。従って中国や朝鮮半島の史書とわが国の史書を徹底分析することにより歴史の真実が導き出される。
　九州王朝倭国王・多利思北孤を歴史上抹殺し、その事績を厩戸皇子に〈換骨奪胎〉して、「九州年号」の「聖徳」を〈聖号〉として冠し、聖徳太子としてデッチ挙げたのである。ここに世にいう輝ける聖徳太子の事跡が否定された。正に聖徳太子は「造られた虚像」であったのである。
　その故は、「万世一系・大和朝廷一元史観」をより一層創出するために、『日本書紀』を改作し、法隆寺関係史書および極め付きの“太子P・R文献”『上宮聖徳法王帝説』などによって、聖徳太子は偶像化され、わが国古代史の最大の英雄となり、また偉大なる大政治家・大思想家となったのである。これにより「聖徳太子信仰」が、全国津々浦々に喧伝され、人口に膾炙されてきたのである。

　　世の常「勝者の論理」により、敗者は抹殺された。

　また、松山の「来住廃寺遺跡」について、「法隆寺の影響再考必要」の記事が２００５年１２月１６日の『愛媛新聞』に掲載された。これについて愛媛大学の松原弘宣教授は、その論評で「研究の大転換点」としている。
　来住廃寺遺跡は、「久米評」と刻まれた土器の破片が出土した久米官衙跡に隣接していて、従来法隆寺式の建物があったとされていた。これによって聖徳太子との関係、また大和朝廷との関係が重視されていたのである。
　しかし、発掘が進むにつれ、従来説の法隆寺式に疑問が提示されるようになってきた。この結果、伊予国のおかれた立場、つまり大和朝廷の支配圏としての関係も、また聖徳太子の影も薄くなってきたのである。
　いずれにしても、「矛盾の屋上屋」を重ねている〈虚偽〉のわが国古代史、その真実が、近い将来に、全ての国民の眼前に提示されることを、切に願うものである。
　それにしても、「時のうつろい」に亡びぬ真実こそが、万世最大のロマンなのではないだろうか。
　古田氏講演会の折、ある国立大学の物理学の教授が言ったことが思い起される。

　それは、歴史学は、物理学・化学・数学と同じである。一プラス一は二になり、二プラス三は五にならなければならない。ところが、わが国の古代史は一プラス一は三になったり、五になったり、挙旬の果ては○になったりしている。

と。何と含蓄のある言葉ではなかろうか。

356 あとがきにかえて

著者略歴

なお、文中末尾の数字は各章各節の末尾に掲げる「注」の通し番号である。

新説　伊予の古代
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
2008年11月 1日発行　定価＊本体2500円＋税
著　者　　合　田　　洋　一
発行者　　大　早　　友　章
発行所　　創　風　社　出　版
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿_______
©2008 Youichi Gouda 　　　ISBN978-4-86037-109-8

緒　言
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　古田武彦

　　　　　　一

　地方の活性化、この一言が叫ばれはじめてから、すでに久しい。文字通り、実現したところ、遅々たるところ、区々各別だ。だが、その成否は何か。かかって「人材の有無」にある。その地に人材が存在し、地域がその人を支えているかどうか。人間社会として当然の道理だ。だが、それこそが問題の焦点なのである。
　その点、伊予の国・愛媛県という地域はめぐまれている。本書の著者合田洋一さんにその人を見るからである。

　　　　　　二

　合田さんは北海道の生まれながら、父祖の地たる伊予の国に根をおろされた。おろされただけではない。人々未見の、現地伝承や現地地名の中から、「伊予の古代」「越智国おちのくにの盛衰」といった歴史の大樹を発掘された。
　しかも、この地は単なる「地方」に非ず、瀬戸内海の一角に依拠しつつ、「越智水軍」の活躍の足跡に反映されているように、当時の「中央」ですらあった事実、それを掘りおこしてこられた。今、その探求の真只中にある、と言えよう。壮観である。
　それをしめす、屈強の痕跡、それは一に「新城山しんじょやま」の一角の女陰石、そして男根石の存在だ。日本書紀の神代紀の第十、一書に「あなにゑや、えをとこを」と叫んで「国生み」の原点を作った、とされる陰神(女神)こそ、この「愛媛えひめ」のことではないか。
　古事記や日本書紀が成立し八世紀よりは古（いにし）え、旧石器と縄文時代の前半期、この瀬戸内海は陸地だった。後半期には海となり、その海を悠々と遊浴していた巨鯨の巨骨が今も大阪市の地底などから時に出土して人を驚かす。先の陸地時代、大阪はいわば“東端部”の奥に当り、この愛媛の地こそ瀬戸内海縄文文明の「中央」の一角に存在したのであった。その痕跡が今回、竹田覚氏や合田洋一氏たちの努力によって“発見”されたのである。

　　　　　　三

　伊予には有名な遺跡があった。湯ノ岡ノ石碑いわゆる「温湯碑」である。聖徳太子の遺跡として喧伝されてきた。断片として遺存していた「伊予国風土記」もこれを“裏付けている”と思われてきたのである。しかし、そこには大きな「?」があった。
　その冒頭に「法興六年十月、歳在丙辰・・・・・」として、明白に「年号」が記せられている。しかし、古事記・日本書紀のはしからはしまで読みつくしてみても、「法興」などという年号は、皆無。一切、存在していないのである。
　「聖徳太子は仏法を興隆された。だから『法興』という年号を当てて使われたのではないか。」
　そういう人があるかもしれない。では、昭和天皇は敗戦後の日本の「復興」に力を尽くされたから、といって、戦後の年月日に対して「復興六年」などと書きうるか。　ーー否。要するに、“後付あとづけ”の説明にすぎないのである。「年号」とは、オフィシャルな「年代表記法」だから、そんな“勝手気まま”な使用法など、到底ありえないのである。

　　　　　　四

　ところが、「九州年号」という一連の年号群がある。六世紀初頭(五一七)から八世紀初頭(七〇一)まで。徳川時代までは(歴史上の年号として)“実用”もされ、学問的論議の対象ともされていた。それが明治維新となり、水戸学などの学者が東京帝国大学教授の座に坐り、学界からも教育界からも、これらを“削り取った“のである。そして「室町時代あたりの僧侶の偽造か」と稱してきた。
　しかし、幸いにも冤罪（えんざい）は晴れた。右の「七〇一」という「九州年号の終末点」は、まさに有名な「評」(七〇〇以前)と「郡」(七〇一以後)の“裂け目”に当っていた。それ以前の「評督」(長官)群の上に立つのが「都督」であり、その拠点が筑紫都督府だったのである。太宰府には今も「都府楼跡」の石碑が建てられている。「都府」は都督府の略称である。(詳しくは『なかった -- 真実の歴史学』第５号、ミネルヴァ書房刊、及び、『失われた九州王朝』朝日文庫＜注＞参照)
　その「九州年号」の中には、まさに今問題の「法興」が存在する。七世紀前半に、公的に施行されていた年号の一つだったのである。

　　　　　　五

　これを「予見」されたのが、合田洋一氏であった。「温湯碑」の中の「法興」またつづく文面の「我が法王大王」に対して“聖徳太子”ではなく、九州王朝の天子・多利思北孤（たりしほこ）と見倣す、年来のわたしの立説に対して「イエス」の立場に敢然と立たれた。その柔軟な思考方法が本書の随所にちりばめられている。
　己（おの）が学生時代に学んだ「天皇家中心」の一元史観の「記憶」に固執し、その「記憶」に反するものにはすべて拒否反応をしめす、そういった一種の「老化現象」が現代の日本の頭脳をおおうている。
　しかし、伊予の国には幸いにも合田洋一さんのように柔軟な思考力をもつ人材がある。この人材をいかに守り育ててゆくか。この一点に「愛媛県における活性化」の命運はかかっている。わたしにはそのように見えているのである。以って本書の上梓に対するお祝いの言葉としたい。

〈注〉「補注」付きの新刊、今年秋発刊(ミネルヴァ書房)

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　二〇〇八年六月三十日記

はじめに

　歴史を愛好する者の一人として、私は古代史ほどロマンを掻き立てるものはないと思っている。しかしその一方で、わが国の古代史は推理・想像が逞たくましく、種々の「学説」が入り乱れ、現今の学校で習う歴史と、巷に溢れる「学説」とのギャップから、何が真実なのかさっぱり解らない、不透明だ、難しい、好きになれない、との声をよく耳にする。そのためであろうか、歴史の講演会などは、年配者がほとんどで、男女を問わず若い人はあまり見かけない。日本人でありながら日本の国の揺籃期ようらんきの姿が思い浮かばず、そこから日本の歴史そのものへの愛着がもてないとなると、これは誠に憂うべきことではないか。このままでは日本民族の誇りも、国を愛する気持ちも培つちかわれない。
　そのような思いから私は、わが国古代の真実の姿を明らかにすることが急務と考えていた。そこへ２００６年の高校の教科で日本史の大幅な単位不足が多くの学校で露見した。日本の歴史を学校が教えていなかったのである。子供たちの歴史離れに学校自らが加担していたことになる。それも今に始まつたことではなく、相当前から行われていたようである。これなどは日本国の教育の在り方事態が問われる由々しき問題である。このようなことだから、日本人の歴史離れが当たり前になるのであろう。誠にもって嘆かわしいことと言わねばならない。
　ところで、還暦を過ぎるまでの私は、単なる歴史愛好家であった。
　温暖で人情味溢れる愛媛県に住む私にとって、愛媛の古代つまり「伊予の古代」は一体どのようなものであったろうか、そのような思いで、それに関する書物を日頃より興味をもって読んできた。しかしながら、何かすっきりしない曖昧模糊の印象を感じ、それが拭い切れない靄もやで、私を包んでいたのである。
　また、私が子供の頃から好きだったわが国の神話は、戦後教育では架空の話として抹殺され、今私たちの記憶の中からも忘れ去られようとしている。果たして神話は、わが国はもとより各国各民族にあって、まったく架空の話なのであろうか。神話には、ロマンがあることはもとより、それぞれの民族固有の歴史的事実をなにがしか伝承する役割があるのではないか。ありていに言えば、古代の人々がごく普通の日常生活や出来事を伝承として神話に託しているのではないか。このようなことも、年来抱いていた私の問題意識であった。

　ところで、わが国の歴史学は、第二次世界大戦終戦前の「皇国史観」が戦後姿を消し、替わって戦前弾圧された津田左右吉博士の学説が、現在に至るまで歴史学の主流をなしている。この学説は、神話および神武から開化天皇までの九代は、『古事記』や『日本書紀』の造作と見倣し、架空の話としてその存在を否定する。
　しかしその一方で、この学説を支持する人達は、『古事記』や『日本書紀』の作成目的の主軸をなす「万世一系」を重要視し、考古学上の出土物や歴史伝承を安直に大和朝廷に結びつけ、近畿の大和王家が古代より日本列島を統治していたと主張する。これは正しく「大和朝廷一元史観」に他ならない。
　そのような中にあって、孤高の探究者・古田武彦氏(元昭和薬科大学教授)が、１９７１年に『「邪馬台国」はなかった』(朝日新聞社刊)で、これまでの諸学説に衝撃を与えて以来、氏はいわゆる象牙の塔の中に閉じこもるのではなく、一般市民に自らの学説を俎上に乗せつつ、古代史の何たるかを説き、多くの著作を通して、わが国古代史の間違いや矛盾を世に訴えてきた。
　その学説は、「多元史観」と言われ、古代には日本列島各地に王国・王朝があり、それらの国には固有の神話があり、神話はなにがしかの歴史伝承の一端を担っているもので真実を映しだしていること。そして日本列島で、最初に重きをなしたのは、「出雲王朝」、つぎに「九州王朝」、その後大宝元年（７０１）より「「大和王朝」になるのであって、最初から大和の天皇家が、日本列島を統治していたのでなく、この他にも「東北王朝」「関東王朝」、そして近畿に、「銅鐸王朝」などがあった、というものである。
　私は、古田氏の多くの著作に接する中でで、強い衝撃と感動を受けこれまでの自分の歴史認識が大きく変った。
　それは氏が学問の方法、論証のあり方、歴史学とは如何にあるべきかを一般大衆でも理解できる平易な文章で説き、矛盾だらけで推理・創造、はたまた他王朝からの盗作の世界であったわが国の古代史を・眼前に明確に示してくれたからである。
　このような古田氏の学説は、全国に古田ファンを生み、それらの人々による「古田史学の会」が北海道から九州の至る広い地域で結成されている。そして会員は、会報・会誌などに情報交換や研究発表の場を与えられ、「古代に真実を求めて」互いに切磋琢磨しているのである。
　以上の経緯から私も、古田氏の提唱する「多元史観」の視点で「伊予の古代」を見つめ直してみたいと思い立った。それというのも、わが国の古代史の全てが前述のような状況下にある中で、愛媛もまた例外ではなかったからである。
　そこで私は、古田氏の「多元史観」に基づき、浅学・非才の身を省みず、これまでに上梓した伊予国内に関する論稿に新たな研究の一端を加え本書を著わすことにした。
　すなわち、伊予国草創の歴史に関わる『伊予之二名洲考』に、新たな史料を加えることによって、「二名洲が風早国」であることを決定づけたものである。それに加えるかたちで「えひめ」の語源と、新発見となった「伊予の官道」についても論及した。
　次に、伊予の古代を語るには、伊予の大族「越智氏」及び「越智国」抜きにはありえず、研究の過程でこれが、大きく論証の前面に立ちはだかってきたのである。中世に越智氏の裔と自らを飾る河野氏が台頭するまでは、越智氏は伊予随一の覇者であった。この探究は私に大きな収穫をもたらした。「越智王国の盛衰」を目の当たりにして、「永納山古代山城」が何故この地に存在していたのか、築城の背景を明らかにすることができたからである。また、越智国内に『日本書紀』記載の斉明天皇にまつわる多くの不思議を発見し、その中に「熟田津石湯行宮」伝承の地も見い出した。これにより越智国考察も急展開をみたのである。
　最後の『聖徳太子の虚像』は、２００４年の出版以降、多くの新視点を加え前にも増して「虚偽の実像」に迫ったものである。なお、その中で「九州王朝」の実在性をより克明に、より解りやすく縷述し、これにより「日本古代史の実相」の一端を私なりに提示したと思っている。
　本書が更なる郷土史研究を繙ひもとく礎いしづえになれば幸いである。そして、誠に僭越ではあるが、併せて〈古田史学〉を広く理解してもらうための一助となり得れば幸甚の極みである。諸兄のご批判に供したい。

あとがきにかえて

　私の古代史探究は、古田武彦氏の著書『盗まれた神話』の中で論述された「伊予之二名洲」の比定地探しより始まる。それは２００１年１１月のことであった。爾来、愛媛県内をくまなく歩き調査し、ようやく旧北条市(現松山市)が「二名国」であることをつきとめた。そして、２００２年７月３１日「風早歴史文化研究会」二十五周年記念出版として、国生み神話の『伊予之二名洲考いよのふたなのくにこう』を著わした。その後、古田氏の数多くの著書を貧り読むうちに、氏の著書『法隆寺の中の九州王朝 -- 古代は輝いていたIII』に、かねて疑問に思っていた「聖徳太子道後来湯説」を覆す多くの論証を見出し、そのことに勇気づけられて、浅学非才の身ながら『聖徳太子の虚像 -- 道後来湯説の真実』を著わした。
　私をかくまでに突き動かすものは、「古代に真実を求め」「伊予の古代史の歪みを正す」ことで、「後世に真実の歴史を伝えたい」がためであり、とりわけ〈歴史上抹殺され失われた人物を、今に甦らせる〉ことを自分の究極のテーマと考えているからに他ならない。
　そのような中にあって、これら伊予の歴史研究の過程で大きく前面に立ちはだかったのが「越智氏」、そしてその領国「越智国」の存在であった。この研究なくして伊予の古代は語れない、との思いを抱くに至ったのである。
　ところが、この「越智国」を研究すればするほど、絶えず私の脳裡に去来して悩み抜いたある事実が出来しゅったいしたのである。そのことを記述すれば、あまりにも突飛なこととして受け取られる向きもあるだろうし、また松山の人たちにとって、「珠玉の伝承」として愛されて来た道後の歴史を奪うことにもなりかねず心底躊躇した。しかし、歴史の真実を追究するためには、勇気を奮い、〈千尋の谷底に突き落とされる〉ことをも覚悟して、本論では言及しきれなかったことを含めて、最後にもう」度要点を整理して書き留めておくことにしたい。これにより論旨の帰結の一部が違って来るが、お許し戴きたい。

　第二編「越智国の盛衰」でも述べたが、『日本書紀』の〈舒明紀〉は「伊予の温湯宮」、同書〈斉明紀〉は「伊予熟田津宮」･「石湯行宮」とある。また、『釈日本紀』(鎌倉時代編纂)に収録されている『伊予国風土記』所収の「温湯碑」には「夷與村いよむらに逍遥し」とあり、同「風土記」編者のコメントとして大穴持命(オオナムチノミコト　大己貴命)･宿奈[田比]古那命(スクナヒコナノミコト　少彦名命)の温泉開発説話に「湯郡」と記載されている。
　　　　　[田比]は、JIS第三水準ユニコード6BD7

　ところで、これら史書の中では「道後温泉」とは全く記載されていないのに「伊予の湯」が「道後温泉」であるとされ、また湯郡＝温泉郡＝道後という構図が定説となっているのである。だが、古代の伊予には温泉は道後だけではなく、越智国朝倉にもあった。道後温泉はいうまでもなく、古今天下に隠れもなき名湯であることを疑うものでは決してないが、何故「伊予の湯」が道後温泉に比定されてしまったのか。
　思うにそのようになった理由は、僧･仙覚が著した『万葉集註釈』(鎌倉時代編纂)の、「温湯碑」に対する仙覚の注釈に「時に、湯の岡の側に碑文を立てき。その碑文を立てし処を伊社邇波の岡といふ」とあり、この「伊社邇波いさにはの岡」(但し『釈日本紀』には伊社邇波の記載なし)と、道後には現在伊佐爾波神社があり、道後温泉の中にあってはつとに有名であるため、この「岡」の記述と現存の「神社」に起因しているのではないのか。
　だが、この「風土記」編纂の時代、「道後」の地名はまだなく、道後と命名されたのは早くても奈良時代の八世紀中葉であり、また温泉郡の設置も同じく八世紀中葉以降と考えられているので、この時代に「湯郡」や「温泉郡」の表記があるのはおかしいのである。そこで「伊予の湯＝道後温泉」説をあらためて検証しなければ「古代に真実を求める」ことにならないのでは、と思った次第である。
　これに至る論点を更に述べる。

　松山・道後には舒明・斉明の両天皇の遺構や伝承などは皆無に等しいこと。
　それに対して、越智国朝倉には「伝・斉明天皇陵」、「伝・斉明天皇の行宮跡　ーー木丸殿このまるでん」、西条には「石湯行宮跡」、斉明天皇の行宮跡「御所神社」、天智天皇の行宮跡「御陵神社」、今治の宮ヶ崎には中大兄皇子(後の天智天皇)にまつわる「中之大江社」、また朝倉の『無量寺由来』に「舒明天皇・斉明天皇の行幸説話」などが存在するほか、「斉明」という地名もあり、また不思議な天皇地名が数多くあること。
　朝倉には「湯山・湯場・湯谷・湯谷口・湯之口・ふろのもと・ふろの谷」などの「湯地名」が数多くあり、かつてはいたる所に石湯と思われる温泉があったこと(西条にもあったと考えられる。天武天皇七年十二月〈６７８〉地震により温泉の湧出が止った)。
　越智国は松山平野にあった「久味国(久米国)」や「伊余国」よりも、前述の「伊予国内大型古墳分布一覧と〈国々〉の推定領域」で示したとおり大型古墳や遺跡などから推して、遥かに強大で伊予の中心であったと思われること。
　つまり、これらのことから、「伊予の湯」とは〈道後〉ではなく〈朝倉・西条〉ではないのか、と思えてきたのである。
　そのように考えてみると、九州王朝倭国王・多利思北孤が、また舒明天皇・斉明天皇が来湯したのも道後ではなく朝倉及び西田(西条市)一帯の越智国であったということになる。そうであれば、おのずと「温湯碑」が建立された所もこの地であった、となる。山部赤人が詠った「射狭庭の岡」「飽田津」は、ここ西田にあった可能性が極めて高くなった。古来、多くの人がこの碑を道後地区で必死になって探していたのに発見できなかったことも当然のことであろう。
　では、何故道後に比定されてしまったのか。
　一つは、前述した「伊社邇波の岡」・「伊社爾波神社」に起因し、今一つは温泉地ではなくなった朝倉に代わって、道後温泉が著名になってきたことではないだろうか。これには道後温泉を飾る『源氏物語』「空蝉うつせみの巻」に登場する「伊予の湯桁ゆけた」などはその最たるものである。爾来「伊予の湯」となればすなわち「道後温泉」となったのであろう。
　更には、平安時代末から伊予では越智氏に代わる河野氏の台頭があり、十四世紀前半の南北朝時代に伊予の中心部も国府のあった越智郡から道後に移ったことも大きな要因となる。
　これらのことから、いつの間にか「伊予の湯＝道後温泉」の構図が出来上がり、誰しも疑うこともなく今日に至ったものと思われる。
　そこで、この論証の成否によっては、松山・道後の１３００年に亘る悠久のロマンに水をさすことにもなる。仮にそうなったとしても朝倉・西条は同じ伊予国内のこととして、ご容赦願いつつ、敢えてここに明記した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『伊予の古代』　２００８年６月１日

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新説伊予の古代

創風社出版

001 緒 言 古田武彦

006 はじめに

０１１国生み神話の伊予之二名洲考いよのふたなのくにこう

-- 愛比賣えひめと風早国かざはやのくに

018 第一章 伊予之二名洲の比定地 -- 通説と古田説

024 第二章 愛媛県の地名に残る二名

032 第三章 神話に託した「一・二・三」の地

035 第四章 二ヵ所の“ナ・那・難”

048 第五章 輝ける“古代えひめ”

063 第六章 古代えひめ文明の一原点

086 第七章 大山祇神社文書と風早国

092 第八章 二名国･風早国の興亡

103 第九章 風早に南海道を発見 -- 上難波･下難波の地名考察を通して

109 むすび

越智国おちのくにの盛衰せいすい -- 永納山古代山城えいのうざんこだいやましろ築城の背景

118 第一章 越智国おちのくにの盛衰

156 第二章 伊予国府の比定地 -- 国分・古国分の地名が物語る

172 第三章 永納山えいのうざん古代山城築城の背景

183 むすび

聖徳太子の虚像 -- 道後来湯説の真実

195 第一章 聖徳太子道後来湯説の真実 -- 聖徳太子とは一体何者なのか

202 第二章 九州王朝の点描

257 第三章 温湯碑が語る真実

292 第四章 『隋書』イ妥国伝たいこくでんがわが国の古代史を変える

307 五章 釈迦三尊像の微笑み -- 光背銘が示すもの

316 第六章 聖徳太子は『日本書紀』に存在していなかった

319 第七章 考古学上の出土物 -- 評ひょうによる証言

334 第八章 九州王朝の残影

343 終章 「万葉八番歌」の熟田津にきたつはいずこに

352 むすび

356 あとがきにかえて

著者略歴

緒 言 古田武彦

はじめに

あとがきにかえて

001 緒　言　古田武彦

　　　 -- 愛比賣えひめと風早国かざはやのくに

018 第一章　伊予之二名洲の比定地 -- 通説と古田説

024 第二章　愛媛県の地名に残る二名

032 第三章　神話に託した「一・二・三」の地

035 第四章　二ヵ所の“ナ・那・難”

048 第五章　輝ける“古代えひめ”

063 第六章　古代えひめ文明の一原点

086 第七章　大山祇神社文書と風早国

092 第八章　二名国･風早国の興亡

103 第九章　風早に南海道を発見
　　-- 上難波･下難波の地名考察を通して

越智国おちのくにの盛衰せいすい
-- 永納山古代山城えいのうざんこだいやましろ築城の背景

118 第一章　越智国おちのくにの盛衰

156 第二章　伊予国府の比定地
　　　　　-- 国分・古国分の地名が物語る

172 第三章　永納山えいのうざん古代山城築城の背景

195 第一章　聖徳太子道後来湯説の真実
　　　　　　　-- 聖徳太子とは一体何者なのか

202 第二章　九州王朝の点描

257 第三章　温湯碑が語る真実

292 第四章　『隋書』イ妥国伝たいこくでんがわが国の古代史を変える

307 五章　釈迦三尊像の微笑み -- 光背銘が示すもの

316 第六章　聖徳太子は『日本書紀』に存在していなかった

319 第七章　考古学上の出土物 -- 評ひょうによる証言

334 第八章　九州王朝の残影

343 終章　「万葉八番歌」の熟田津にきたつはいずこに

緒　言
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　古田武彦