「オオスミ」の国 水野孝夫(会報82号)../kaihou82/kai08203.html
「オオスミ」の国
奈良市 水野孝夫
鹿児島県の東南部に「大隅(おおすみ)半島」がある。ところが、ここを「大隈半島」と表記するひとが結構多いのである。インターネット上を代表的プログラムGoogleで検索すると、大隈・利用派は二割くらい。とはいえ、件数では六万を超える。これは、ふつうは「おおくま」(明治維新の元勲・大隈重信)と読む字なのに、である。
この地名の歴史としては、「和銅六年四月、日向国を割いて、大隅国を置いた」(『続日本紀』)のであり、以後、日本国の公式の立場では、すべて「大隅」。伊能忠敬大図も国土地理院の地図も「大隅半島」。辞書類を引いても「おおすみ」の表記には「大隅」しか出てこない。ネット上の百科事典Wikipediaで、大隅半島の項には「大隈半島と書くのは誤りだ」とある。
意外なことが判明した。パソコンで漢字変換に使われている辞書に「おおすみ」の変換候補として「大隈」を示すものが多いのである。このため、多くのひとが「大隈半島」を使用してしまうのだと思われる。なぁーんだ誤変換かぁ、というのが結論ということになる。
しかし、なぜワープロ用辞書に「おおすみ→大隈」が採用されたのかはわからない。Microsoft社のWindows付属の辞書では、数年前のものは「おおすみ→大隈」を出すが、最新鋭のものでは「おおすみ→大隈」を出さないように変更されている。
ところで、昨秋だったか、テレビのクイズ番組で、司会者が地図に「大隈半島」を示し、これを「オオクマハントウ」と発音し、「九州では、クマは神を意味する」とつけ加えたのである。とすると、大隈半島が正しく、意味があると考えているひともいることになる。
地名語源辞典の類には、「大隅」に関して、「国の中央に対して隅っこだから命名されたのか」というような説明がついている。しかし地元の人はどう思うだろうか。「けしからん、隅っこじゃない。ここは、神様の居られた神聖な土地だ。大隅とはなんという字を当てるのだ。
ここには高隈山(たかくまやま)もある。大隈が正しい。」そんな反発精神の持ち主が使い出したものかも知れない。もし咎められたら、「隈には<すみ>という意味もあり(漢和辞典)、混同しました」と逃げられるようになっている。
九州では「クマ」は神様を意味するというのは有名なテーマだが、熊襲、球磨川、久間村などと文字が変えられているケースが多い。「隠されている」のである。もとは「隈」字を使ったのではないだろうか。熊本も隈本と書いていた時期があったと思われ、隈府(わいふ)の古地名も知られている。
国土地理院・数値地図25000(二〇〇〇年版)を調べた。「隈」の文字を含む地名注記が全国に、二五八件(但し、集約していない。集約とは、たとえば「阿武隈川」は長い川だら、1/25000地図では数枚の地図に重複記載されていて件数は重複して数えている。しかし一本の川としてみるならば、集約が必要だが、集約手続きは面倒。)この258件のうち、九州には一七一件と多い。もちろん福岡県にも多い。九州を離れると、ぐんと少なく、近畿は特に少ない。奈良県には「桧隈寺跡」のみ。関東・東北へ行くと増える。
「隈」の字の読みは、ほとんど「クマ」で、「スミ」と読むのは、千葉県夷隅郡の「夷隈川(いすみがわ)」と東京都新宿区の「大隈講堂おおすみこうどう」のみ。なんで「夷隅←郡」に「夷隈←川(いすみがわ)」があるのだろう?
この数値地図には、読みは「信頼できるとは限らない」という注釈がついているが、上の「大隈講堂おおすみこうどう」は、早稲田大学の「大隈重信記念講堂」だから、読みは「おおくまこうどう」であることは明白で、(おおすみこうどう)は間違っているのだが、正しいと信じていたひとのあることを示している。
これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)・『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。
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