2004年2月5日

古田史学会報

60号

1、神代と人代の相似形
 西村秀己

2、『旧・新唐書』の
日本国記事について
厚味洋五郎

3、「九州年号」真偽論の系譜
新井白石の理解をめぐって
古賀達也

4、如意宝珠
 大原和司

書評
中国から見た日本の古代

5、オホトノヂは
大戸日別国の祖神
会報62号と同一
西井健一郎

6、二倍年暦の世界7
アイヌの二倍年暦
古賀達也

7、連載小説「彩神」第十話
若草の賦(3)
深津栄美

8、「二倍年暦」
に関する一考察
 澤井良介
古代戸籍の二倍年暦
 肥沼孝治

9、古田史学・虎の巻
年頭のご挨拶
十周年記念行事にご協力を
事務局だより

 

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『 彩  神 (カリスマ) 』 第十話 若草の賦(ふ) 杉神


連載小説「彩神」第十話

若草の賦(3)

               深津栄美
***古田武彦『古代は輝いていた』より***

 「大変でございます、みちる様が─!」
 侍女達が悲鳴を上げて転げ込んで来たのは、それから幾らもたたなかった。尊い曽富理(ソホリ)神に身を捧げるように祭壇の前で短剣を胸に突き立て、俯(うつぶ)しているみちるを見るや、木俣(くのまた)も滾(だぎつ)も娘達も足に根が生えてしまった。終末が兆すと、人の命も国運もかくもあっけなく崩れ去ってしまうのか・・・
 八島士奴美(やしまじぬみ)の形見の玉蔓(かづら)はみちるの血を吸い、いよいよ妖しく輝いていた。元は聖なる陽光(ひかり)の象徴として真珠と組み合わされたのだろうに、今や赤い勾玉(まがたま)は、大地から残らず水を蒸発させ、生きとし生ける物を干上がらせ、数え切れない生命(いのち)を犠牲(にえ)としながら尚、養素を求める、邪悪な炎の神だった。
(滅びの美など見たくない──!)
 木俣はみちるを楽な姿勢に直してやり様(ざま)、玉蔓(かづら)をむしり取って壁に叩きつけた。赤い勾玉と真珠は、血飛沫をさながら粉々に砕ける。
 「まあ、乱暴な──」
 息を引く女達に、
 「馬の用意だ。」
 木俣は命じた。
 「末廬への使者ですか?」
 滾が聞く。
 「それもあるが、安全な中(うち)に建御名方(たけみなかた)を脱出させねばの。」 父の言葉に、
 「どうか私も、あの方のお伴をさせて下さいませ。」
 岩長(いわなが)が懇願した。
 「建(たけ)様一人で旅はさせられません。男に姿を変えてでも、私も苦労を分かち合いたいのです。」
足にすがる娘の頭を、
 「無論だ、岩長。」
 木俣は優しく撫で、
 「木の花も姉達の供をせい。」
 と、次女を見た。
 「私まで・・・?」
 木の花の円(つぶ)らな目が一層膨らむ。
「おぬしらは木の国の姫として、曽富理(ソホリ)神の名を後世に伝えねばならん。おぬしらは、宗像(むなかた)の社(やしろ)を統(す)べる母の後継者(あととり)のみならず、大国(おおくに)の血も引いているのだからな。」
 夫の言葉に滾も頷く。幾つになっても親にとって子供は子供、一生傍に置いて面倒を見てやりたいが、それでは独立精神や大人としての自覚は培(つちか)われない。子供は男女を問わず、いつかは翼を与えて大空へ離してやらねばならないのだ。
 「せっかく仕度したのに、式が上げられなくなってしまって・・・。」
 黒髪をみずらに結い、お揃いの萌葱色の衣褌(きぬばかま)を着けて太刀を佩く娘達を手伝いながら、嘆く滾に、 「いいえ、母上、これが我々の門出です。」
 岩長が、男の物言いを真似て微笑する。
 裏口には粗末な幌をかけた板輿(いたごし)が据えられ、灰色の衣(きぬ)を被(かづ)いた建御名方が藁蒲団(わらぶとん)の上に座り込むところで、
 「姫、苦しくはありませんか?」
 岩長が歩み寄って声をかけると、
 「いいえ、ちっとも。」
 建御名方はわざと細い声音(こわね)を作り、心持ち被衣(きぬ)を掲げて悪戯(いたづら)っぽく片目を覗(のぞ)かせた。
 こんな時でなければ大いに冗談を言い合い、明るい雰囲気が盛り上がったろうに、
 「早く馬に──。」
 滾が岩長を峰風(みねかぜ)の方へ追い立て、付き添う兵士らも緊張した面持ちである。
 「道中、くれぐれも気をつけて。」
 念を押す滾に一同はこもごも頷いてみせ、輿が担ぎ上げられ、男装の姉妹は左右に馬を寄せた。交通も発達しておらず、一度(ひとたび)家を遠去れば永の別れを覚悟せねばならなかった時代、生きて再び橿日の地を眺められるだろうか、父母との邂逅(めぐりあい)を喜べ日は在るだろうか、との思いは誰の胸にも激しい。取分け建御名方は彼の留守中、故国(くに)を滅ぼされ、今日まで何不自由なく育って来た妹も、叔母の死を目の当たりにした上、自分までが旅立たねばならなくなった事が心を圧しているのが、岩長にはよく判った。それだけに、自分がしっかりせねばと思う。妹は武器など持った事もなし、建御名方の傷が医(い)えるまでは、自分が旅の采配を振るわねばならない。建御名方を女装させ、自分と妹が近侍に化けたのはその為なのだから。
「姉上、水を汲んで来ても良いですか?」
 木の花が頼りなげな声を出したのは、宗像の森を過ぎた時だった。
 「後一里もすれば、今夜の宿の玄海に着きます。それまで辛抱出来ないの?」
 岩長は眉を寄せたが、
 「急いでいたので、出がけに詰めるのを忘れてしまって・・・。」
 木の花は途方に暮れたように、腰のヒョウタンを掲げてみせた。
 「丁度、釣川の岸辺でございます。ヒョウタンをお貸し下さい。清水を汲んで来て差し上げましょう。」
 兵士の一人が笑いながら手を伸べると、
 「俺も尻が痛くなった。外に出て風に当たらせてくれ。」
 輿の中からも焦(じ)れたような声がした。
 やむなく岩長が小休止の合図をすると、地面に下り立った建御名方は両手を空に突き上げ、精一杯伸びをした。木の花は馬を繋ぐのもそこそこに、ヒョウタン片手に兎のように川辺へ跳ねて行く。
 「注意しなさいよ。ここは建雷(たけみかづち)の領地なんだから。」
岩長は呼びかけたが、
 「嫌だわ。あの人達は笠沙の岬でしょう?」
 木の花は嘲るように言い、草むらへ潜り込んだ。白い野茨(ばら)の花が揺れ騒いだかと思うと萌黄(もえぎ)の上衣(うわぎ)が翻り、川面が漣(さざなみ)立つ。 「花・・・!」
 呆気に取られた岩長に、
 「お姉様もいらっしゃいよ。とても良い気持ちよ。」
 波紋に解けた黒髪の合い間から、白い腕が打ち振られた。
 大胆といおうか、無邪気というべきか・・・妹はまだ子供で、自分達の置かれている状況がどんなに大変なものか判らないのだと思う反面、常に追っ手を警戒して神経を尖らせている自分に引き換え、汗をかいた折、川辺を通りかかれば、すぐ飛び込もうとする木の花の天真爛漫さがふと、岩長には羨ましくもある。しかし、妹を一人で遊ばせてはおけない。
 岩長が浅瀬伝いに歩き始めた時、妹の泳いで行った方から突然、悲鳴が聞こえて来た。
 「木の花、どうしたの?」
 水を跳ね返して駆け寄る岩長に、
 「言葉使いから推(お)すと、そなた、女だな?」
 太い声がかかり、青銅の鎧を皮紐で巻き留めた蓬髪の男が立ちはだかった。
 (続く)
〔後記〕日本の文献上の男装の麗人は、『古事記』の「うけひの場」の天照が初登場といわれておりますが、それに基づいたか、国文学にも「とりかえばや」と「有明の別れ」二作があり、どちらも作者不明。しかも、後者はラストが失われているものの、主人公は楽器を奏でれば天女が現れて舞い踊るという、SFでいう超能力者(エスパー)。いつ、どこで作られたのでしょう・・・? (深津)


 これは会報の公開です。

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