2004年10月12日

古田史学会報

64号

批判のルール
-- 飯田・今井氏に答える
 古田武彦

原文改定と菅政友
 冨川ケイ子

マヤの二六〇日暦
 大下隆司

秋田孝季の中近東歴訪
と和田家文書の謎
 斎田幸雄

大年神と二人のスサノヲ
記紀の神々の出自を探る
 西井健一郎

6本居宣長
『玉勝間』の九州年号
 古賀達也

7『 彩神』第十話
 若草の賦5
 深津栄美

文化創造倶楽部
・古代史・歴史塾
 木村賢司

聖徳太子の虚像
 合田洋一さん
海のロマンと日本の古代済
 事務局便り

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バチカン・ピエタ像の謎 木村賢司(古田史学会報61号)へ

「越智・河野の遺跡巡り」と「河野氏関係交流会」に参加 木村賢司(会報67号)

文化創造倶楽部・古代史・歴史塾

豊中市 木村賢司

 古田史学の会会員の一人、小野元裕氏が大阪で「文化創造倶楽部」というものを立ち上げて、今年八月で丸三年になった。
 倶楽部を作った動機は「二十世紀は啓蒙型の会が多かった。誰か偉い先生がお話をして、参加者はただそれを聞くと。そうではなく、これだけマスコミとかインターネットが普及して、情報を得ようと思えばどこでも得られる。ただそれをぶっつける場所がない。もっと対話・会話が出来る場所を設けたかった」であると云う。さらに「経済だけでなく文化も盛り上げないと、大阪は元気にならない。文化盛り上げ効果もささやかな願い」とのこと。
 倶楽部の内容は、天王寺区の谷町九丁目(聖徳太子の四天王寺から太閤秀吉の大阪城までの南北は上町台地と言われ大阪市のいわば背骨にあたる、その中間が谷九で仁徳の高津宮や西鶴の生国魂神社がある)にあるビルの小さな一室(定員六人ほど)で、ウイークデイのアフターファイブ(午後六時半から八時)ほぼ毎日、さまざまなテーマで参加者が自由に語り合う。と言うものである。
 さまざまなテーマとは、ほんとにさまざまで、ごく最近のテーマだけでも「笑顔研究会」「芸術に親しむ会」「自分らしさを表現するための写真講座」「世界の情勢を知る会」「身近な歴史を知る会」「まちづくりを考える会」「朗読の会」「パソコンで知的生活を楽しむ会」「元気になる大阪学(実践編)」「熱く映画を語る会」「身の回りの環境を考える会」「癒しの音楽研究会」「古典芸能を楽しむ会」「現代を生き抜くための哲学講座」「阪神タイガース研究会」「ロシア文学を読む会」「ミステリーやまと学」「明るく楽しく生きるための心理教室」「詩歌&小説と戯れる会」「自然の摂理に即した生活を考える会」「ほっと一息、温泉ゼミナール」そして「古代史&歴史塾」とある。
 私は二年半ほど前から古代史塾に参加するようになった。おしゃべり好きの、「いっちょかみ」にとっては、実に楽しい倶楽部である。これまで全く知らない多くのことを教えて頂く、単に教えて頂くだけでなく、自分の意見、感想も率直に自由に、即ち、臆面もなく云える雰囲気が最高である。一期一会の方、その後何回か顔を合わせる方等々、沢山の人との出会があり、人生得した思いになる。
 古代史塾参加が中心であるが、時には面白そうな他の会にも参加している。この関連で「We Love 遊」誌に(「関西ヘラ鮒釣池』の盛衰体験雑記」)を、また阪神タイガース研究会の単行本である『拝啓星野仙一殿』に(タイガースの十八年振りの優勝に思う、こんなフアンも中にはいるよ)を寄稿させてもらった。
 古代史塾では、小野さんに乗せられて私も4回ほど話題提供者となった。(漢詩と古代史、釣りと古代史、東日流外三郡誌その貫く精神、等)。話題提供者より造詣の深い方や違った見方をされる方がおり、提供者側も勉強になる。わずか六人ほどなので、親しくなり、終わったあとすぐに別れ難く、近くの酒場でさらに懇親が続く。これがまたよい。初対面でも、ここまでくると旧知の仲のようになる。いつも、終電に間に合うか心配しながらのお開きとなる。
 古田史学の会会員の山浦純氏(古田先生の「姥捨て伝説はなかった」制作担当)は小野さんの元職場仲間で文化創造倶楽部の立ち上げに尽力協力され、現在も小野さんの指南役的立場でサポートされている。
 古田史学の会会員で古代史塾にこれまで参加された方は、小野、山浦、木村のほか、西村秀己、古賀達也、五十嵐修、西井健一郎の各氏で、多くは話題提供者でもある。また、文化創造倶楽部参加を通じて古田史学の会を知り、古田史学に入会された方も幾人かおられる。入会されないまでも、例会や講演会に参加される方もおられる。(石黒良彦、堀部武司、田中弘、中山恵三等の各氏)
 この九月五月(日)に「文化を贅沢に味わうひととき」と名づけて、三周年記念会が天王寺公園そばの統国寺というとろで午前十時から午後四時まであった。この日はあいにく、私の最大の趣味である「関西塗釣会」(ヘラ鮒つり会)が午前七時から午後三時まであるので、参加はムリと考えていた、が、釣り場と会場は往復一時間以内であることがわかり、鮒の喰いの落ちる午前十時半から午後二時まで釣り場を抜けて参加した。
 二股をかけて急がしかったが、出席してよかった。小野さんと小野さんの最大の協力者である、いずみ苑主宰の泉佳保
子さんの人脈の広さはすごい。泉さんの協力なくして、文化創造倶楽部がここまで発展することはなかった。ちなみに、古田先生と松本郁子氏との出会いも二人の人脈による古田講演が縁。会場はほぼ二百名の参加者で大盛況。この日ここでも、多くの方にお会いでき、おいしいご馳走、楽しい音楽などもあり、幸せなひとときを過ごせた。
 私はこの席で『文化創造倶楽部』の旗を披露した。例により私のデザイン旗である。旗は二本で一本は「統括本部」もう一本は「古代史&歴史塾」である。旗の作成にあたって小野さんに三周年以降の覚悟を聞いた。小野さんはライフワークとして活動する、と云われた。であれば、古代史&歴史塾も継続させたいと思い、旗作りを決意した。会場では古代史塾だけでなく、ついでに関西が発祥の地である「ヘラ鮒釣り池文化」についてのPRも目論でいたが、持ち時間一人六〇秒ではムリであった。午後二時に釣り場に戻った。釣り場では私の三連勝がかかっていたが、残り一時間、三九㎝の大鮒を上げたが残念優勝はできなかった。
 さて、小野さんは、三周年を期に谷九の部屋を閉じ、九月から中身内容ごとに、ふさわしい場所で開催することに変更された。即ち、大阪府内十三箇所に会場を分散させて、活性化をはかりたい、としている。会場の分散が活性化につながるかどうか、私はやや疑問としているが、ここは若い小野さんの戦略を見守りたいと思う。「古代史&歴史塾」は偶数月の第三金曜日、午後六時三〇分~八時、JR環状線または地下鉄中央線の森の宮駅徒歩一分内の鵠森の宮ビル5階と決まった。二ヶ月に一度はやや間延びのきらいがあるが、奇数月は「現在を生き抜くための哲学講座」にあてたいとのこと。
 小野さんから「古代史&歴史塾」の調整役を頼まれた。まあ、話題提供者を探すことと、いなければ私自身が提供者になれ、と言う意味に解釈している。古代史を含む歴史好きの皆様の「塾」へのお越しをお待ちしています。できれば、一度は話題提供者になってほしい、と希望しております。「塾」参加者は会場借り代として資料代供で千円、話題提供者は無料、ただし資料作りは自己負担。
 なお、小野さんも私も「古田史学の会」の会員であるが、この「塾」は「古田史学の会」とは無関係である。どんな史観をもっておられても歓迎である。また、良質の話である必要もない。真実味は乏しいが発想がユニークな楽しい話も歓迎。また、こだわりの研究や思いつき発想でもよいと考えている。人生をお互い楽しく過ごせたらそれが最高。それが「文化創造倶楽部」の基本と思っている。臆面もなく話しが出来ることを大切にしたい。ダイヤも玉も石仲間、路傍の石も石仲間である。
 文化創造倶楽部、これからどう歩むか、統括本部(小野氏)は非常に若い。伸び縮みがあると思うが継続すれば、さらに豊かな実り(創造成果)がきっとある、とみている。
 *文化創造・歴史塾、あなたの出番を待っている。

  以上


 これは会報の公開です。史料批判はやがて発表される、『新・古代学』第一集~第八集(新泉社)、『古代に真実を求めて』(明石書店)第一~十集が適当です。 (全国の主要な公立図書館に御座います。)
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