エクアドルの地名 大下隆司(会報81号) へ
バルディビア旅行で考えたこと
仙台市 菊池栄吾
「古田武彦と辿るバルディビアとペルー十一日間」の旅行に、参加させてもらいましたが、その成果は古田先生が成田空港での、旅行団・帰国挨拶の中で「五〇〇%の成果」とも言わせる程のものがありました。その一つに、スペインが侵入する以前の地名に関する資料が手に入ったことが挙げられております。これに関しては、今後いろんな方の研究がなされることが期待されます。
縄文土器の文化が、縄文文化圏から南米に伝達したとすると、土器が単独に渡ることは考えられず、当然「人」の渡来があり、それに伴って「言葉」も伝わったはずだと言われております。それが地名として残っているのでは無いかというのが今回の旅行の課題でもあったのです。
これからの話は旅行中に、思いを巡らせたものであり、今後のより一層の検証が必要と考えられますが、とりあえず纏めてみました。まず気にかかったのは、バルディビア遺跡から数十キロほど北側にある「AYAMPE」という川の名前です。この川はグアヤキル地区とマナビ地区の堺を流れて太平洋に注ぐ川です。
注目したのは、「AYAMPE」の「PE」(ペ)です。この「ペ」はアイヌ語地名研究では、登別が「ヌプル・ペッ(濃厚なる・川)」、幌別が「ポロ・ペッ(大きい・川)」など、アイヌ語の「川」に由来すると言われているからです。アイヌ語は縄文語の影響を大きく受けている言語であることは、最近では広く認められておりますので、縄文語においても、川・河を「ペ」「ペッ」に似た発音で呼んでいたものと思われます。ちなみに、スペイン語の「PE」には川・河の意味は無いようです。
次に「AYA」について、考えてみました。旅行中にペルーのガイドと、飛行機で隣り会わせたペルー人に、「AYA」の意味について尋ねてみました。発音はスペイン語読みで「アジァ」となり、意味は「あちら(over-the-here) 」という事でした。ところが、ペルーの南部の都市に「A・YA・CU・CHO」という所があり、「アヤクーチョ」と発音していることをスペイン語辞典で確認することができました。すると、「AYAMPE」も地名であり、「アヤムペ」または「アヤンペ」と発音しているのではないでしょうか。
スペイン語では、最初の「K」の発音はしないようです。今回の旅行でも、エクアドルの入国審査で、名前を確認されたましたが、「キクチ」が「イクチ」にしか聞こえず、パスボートの名前の所を指されて初めて気が付いたような経験もさせられました。もしかしたら、「AYA」は「KAYA」が元の言葉ではなかったのかと思われてきました。その理由は、古田先生の「言素論」に刺激されて、韓半島の「伽耶」は縄文語系の言葉であり、アイヌ語地名として解釈できないかと思い、以前から調べていたからです。
「伽耶(カヤ)」はもともと「狗耶(クヤ)」と呼ばれており、「ク」はアイヌ語では「私は」「私の」であり、「ヤ」は「陸地」「岸」「陸(オカ)」のことであり、「私が住んでいる陸地」と言うことになります。太平洋を苦労して渡った縄文人が、南米大陸に到着して住み着いた土地に「私の土地だ(カヤまたはクヤ)」と大声を挙げて宣言したと想像されます。河口は港の役割も果たしますので、上陸地点に選んだのかも知れません。そして、その川を「カヤンペ」と呼ぶようになったのでしょう。
さらに、想像を広げれば、韓半島の「伽耶」も縄文人が海を渡り、半島に上陸して、「私の土地だ」と言ったとも考えられます。また、「AYA」についてスペイン語辞典を調べても記載がないのです。これは南米でしか使われない言葉なのかも知れません。現地では「あちら」または「かなた」と言う意味だと言っておりますが、遠方から来た人々の住む地名が変化して使われるようになったのでしょうか。
いずれにしても、旅行中の車窓での思考であり、課題はこれからです。
(参考)
1.アイヌ語地名と原日本人(徳間書店)
2.アイヌ語沙流方言辞典(草風館)
3.新スペイン語辞典(研究社)
これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)、『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。
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