連載小説『 彩神』 第十二話 シャクナゲの里1 2 3 4 5 6
◇ 連載小説 『 彩 神 (カリスマ) 』 第十二話◇◇◇
シャクナゲの里(2) 深津栄美
−−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
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食事の終る頃、火照(ほでり)が老僕の塩椎(しおつち)と疲れた様子で、入って来た。
「山幸兄様は見つかった?」
飛び立つように聞く馨に、
「いいや。」
火照は首を振ったなり囲炉裏端に腰を下ろし、自分であり合わせの碗に麦粥をよそってかき込み始めた。馨が食べ残した果物や焼き魚も、みるみる平らげられて行く。
「そんなにおなかが空いていたの?」
馨が呆れると、
「飢え死にしそうだ。昼から何も口にしていなかったんだものな。」
火照は一気に白湯(さゆ)を飲み干し、
「山幸め、どこへ行っちまったんだ・・・・?」
大きく息を吐いた。
「若、もうよろしいですか?」
塩椎が覗き込み、
「ああ、満腹した。」
火照が頷くと、
「では、お后様の所へ参りましょう。」
素焼きの小壺を抱えて立ち上がった。
「爺(じい)、これもお届けして。」
馨が、急いで赤と黄の組紐を壺に巻き付ける。
中国大陸では既に墨文字が発明され、周辺諸国にも伝播し始めていたが、倭地ではまだ草の葉を結んだり、幹や石に丸、
角形、何本かの線を刻んだりする通信法が一般的だった。
「何の伝言だ?」
火照に問われて、
「明朝(あす)の日の出祭りにきっとおいで下さいって。」
馨は、奥殿へ向かう老僕を、羨ましそうに眺めた。子供達も父の天火明(ほのあかり)も岩長の室には立ち入り厳禁で、塩椎初め数名の選ばれた従僕だけが伺候(しこう)出来るのだった。儀式の際、母の裳裾(もすそ)を掲げたり、幣(ぬき)や酒瓶を渡したりする彼らを、
(いっそ自分も奴婢に生まれれば良かった・・・・)
馨は何度妬んだ事か。
「日の出祭りねえ・・・・。」
火照はあらぬ方を見やり、
「本当に伯母上はいらっしゃるのかな?」
首を捻ったが、
「あら、大丈夫よ。明日のお祭りは、熊襲(=南九州)の使者団(おつかい)をお見送りするんですもの。」
馨は無邪気に言った。
父祖の故郷の天国は以前から琉球(=沖縄)、投馬(つま 後代の薩摩)など南方諸国と交易していたが、香山(かやま)の誕生を聞いた「熊襲」、もしくは「隼人」と総称される国々が、お祝いの使者団を寄こしたのである。彼らは明日、帰国するので、天火明は耶馬王家の示威の為にもと朝毎に立花(たてはな)山頂で行う「日の出祭り」に、一同を招待しようと計画していたのだ。
だが、火照が懸念した通り、岩長は翌朝の「日の出祭り」に現れなかった。
「頭が上がらない程の発熱なのか?」
自ら呼びに来た天火明の前で、
「はい・・・・。」
塩椎は、申し訳なさそうに首を縮めた。
屋内からは苦し気な呻吟が漏れ、侍女らしい白い影が水に浸した小裂(こぎれ)を絞ったり、床に横たわった女(ひと)の頭上に載せてやったりしている。
「やむを得ん。鏡の祭司(つかさ)は、馨にやらせよう。」
火明が痛まし気に言うと、
「仮病じゃありませんかね?」
一緒にいた邇々芸(ににぎ)が、疑わし気に眉を寄せた。
「建御名方への恋患いってのが真相じゃないかな?」
「バカな事を言うな!」
火明は弟をたしなめ、
「祭司(つかさ)には、玻璃(るり)と琥珀の御統(みすまろ)の玉が必要だ。今だけ娘に貸してやってはくれまいか?」
塩椎(しおつち)に言った。
老僕は一礼して入って行ったが、すぐ戻って来て、
「琥珀は安産祈願に社(やしろ)に納めた故(ゆえ)、皇子(みこ)誕生の折、葦原の中(なか)つ国(現福岡県那珂川付近)より献上された翡翠(ひすい)玉で代用されては、とのお后様の仰せにございます。」
と告げた。
天火明は一瞬、顔をこわばらせたが、
「・・・・判った。」
あっさり踵(きびす)を返した。
邇々芸の歯が下唇に食い込む。
「強情を張り通しても無駄だぞ。大国は滅び、建御名方は諏訪湖の八坂媛と一緒になったんだからな!」
兄を追って行きながら、邇々芸は奥を睨(ね)めつけ、どなった。 (続く)
〔後記〕「テナヅチ」、「アシナヅチ」、「ヤマタノオロチ」は各れも「チ」圏の神、との古田説。今度の話は、「海幸山幸神話」が土台ですが、これも「ウミサチ」、「ヤマサチ」となり、やはり「チ」圏の神々という事でしょうか。 (深津)
これは会報の公開です。
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