2004年8月8日

古田史学会報

63号

1、理化学年代
と九州の遺跡
 内倉武久

2、ローマの二倍年暦
 古賀達也

3、「磐井の乱」
古田新見解について
 飯田満麿

4、沖縄新報 社説
新説を無視する歴史学界

5、大年神(大戸主)
はオホアナムチである
-- 記紀の神々の出自を探る
 西井健一郎

6、古田史学の会
・創立十周年
記念講演会に参加して
今井俊圀
仲村敦彦

7、創立十周年
 記念講演会ご挨拶
祝辞・報道

8、『十三の冥府』読後感
 大田斎二郎

9、鶴見岳は
天ノ香具山(続)

 水野孝夫

10、森嶋通夫氏に捧げる
 古田武彦

11、浦島伝説
 森茂夫

 事務局便り


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浅見光彦氏への“レター”古田武彦(新・古代学第8集)へ
死せる和田喜八郎氏 生ける古田武彦らを走らす へ
寛政原本と古田史学 古田武彦(古田史学会報81号)


『十三の冥府』読後感

奈良市 大田斎二郎

 年初早々内田康夫氏による首記の推理小説(以下「本書」)が「実業の日本社」から発刊されました。全五段の発刊広告と、書名の「十三」の文字に惹かれ、思わず購読してしまいました。
 『東日流外三郡誌』の偽書説を背景にした殺人事件がテーマになっていますが、その大まかなストーリーは次のようです。
 アラハバキを祭神としている八荒神社の宮司湊博之は、自分が偽造した「都賀留三郡史」を古文書と偽って売らんがため、偽書と気づいている学者や、アラハバキ神をないがしろにする関係者を変死と見せかけて次々と殺害させ、その人数は最後に変死する湊博之自身を含め十三人にも及ぶ。はじめ、これらの事件はアラハバキの崇りと噂されていたが、名探偵浅見光彦は、湊博之によるものと見抜き見事に事件を解決する。
 著者内田康夫氏は、『東日流外三郡誌』に対する真贋論争の経緯に対する充分な検証のないまま、一方的に偽書説に加担したことは明らかで、多くの浅見光彦フアンに誤解を与えてしまうことを心配しているのですが、中でも古文書の保管者である故和田喜八郎本人の名誉や人権に関わる内容についてはやり切れない思いがしました。
 以下、その紹介を兼ね本件に関する私見を述べたいと思います。
 「本書」では、実在の『東日流外三郡誌』を〔都賀留三郡史〕として紹介していますが、巻末の参考資料にあるのは、一部の紹介資料を除けば、偽書派によるものだけで、例えば『東日流外三郡誌』を一般に紹介された藤本光幸氏や、その中味を充分検証した結果、偽書ではあり得ないと断言している古田武彦先生、更には公的保管場所を探し求めて奔走された東京学芸大学の西村俊一教授などの著論は記載されておりません。つまり真書派の見解は、偽書派の口を通してしか浅見探偵の耳に入っていないということになり、これでは被告弁護人の出席がないまま検察の論告だけで公判を進めるようなもので、名探偵の誉れ高いとは言え、既に洗脳されている浅見探偵にとって果たして公正な判断が出来たかどうか疑わざるを得ないのです。
 「和田家文書」の所有者和田喜八郎氏は、偽書派による様々なバッシングの嵐の中、1999年9月、失意のまま鬼籍に入られました。その十日前、病床を見舞った西村俊一教授から、その公的保管先候補との交渉がはかばかしくない状況を聞いて、「駄目だ。(俺は)もう誰も相手にしねがら」と投げやりなことを口走ったそうです(西村俊一「日本国の原風景」『新・古代学/第五集』「新泉社」)。

 ところで、『東日流外三郡誌』が喜八郎氏による偽書であるとするためには、
 (1).ここに示されている百科に及ぶ知識を、氏が何時どこでどのような方法で誰から得ることが出来たのか
 (2).そして明治のものとは言え、あの膨大な古紙をどんな手段で作り或いは誰から求めることができたのか
 誰でもが抱いているこの二つの単純な疑問に対し納得できる解答が必須条件です。しかもこの「和田家文書」の発見は終戦後間もなくであり、氏が少年期を脱したかどうかという頃ではないでしょうか。その解答がないまま、「偽書だ偽書だ」とあたかも負け犬の遠吠えのように繰り返しているのです。中には、古田先生が喜八郎氏の偽作を密かに手伝っていたのではないかと、まことしやかに言う人もおりました。
 偽書派を称する原田実氏が、すでに人手に渡った故和田喜八郎の自宅を調査したところ、中二階から、和紙を古紙に見立てるために使用されたと思われる人尿の入ったペットボトル約二十本を発見したとし、この部屋は生前の喜八郎氏が偽作仕事の作業場として使用していたものではないかという推測を抱き、そのことを東奥日報(2003年2月28日夕刊)に報告したそうですが、とてもまともな神経の持ち主が考えることではありません。
 「本書」において浅見光彦は、アラハバキ信仰の中心である八荒神社の宮司湊博之を一連の事件の首謀者に位置づけ、全世界を震撼させたあの悪名高きオウム真理教の麻原彰晃になぞらえ、残忍で女好きな詐欺師であり、殺人鬼に印象づけようとしております。
 湊博之は故和田喜八郎がモデルです。しかし、実在の喜八郎氏は「本書」の湊博之のように、協賛金を騙し取ったり、女性に対しいかがわしいことをするような人間ではありませんし、麻原のようなオカルトまがいの行為などとは全く無縁な人物です。
 勝手にモデルにされ、思いもしなかった悪逆な殺人鬼にされた故和田喜八郎や、ご遺族にとっては、たとえ小説でありフィクションであるからとしても、とても耐え得るものではありません。それでなくても、ご家族はマスコミや周囲からの苛めを受け、長い間その屈辱感を味わってきたのです。
 「本書」の主人公である浅見光彦は理知的で正義感が溢れる立派な好青年であり全国にもファン倶楽部があるようです。それだけに、何も知らない読者の多くは『東日流外三郡誌』の偽書説を、安易に信じこんでしまうのではないでしょうか。
 「本書」には、洗脳された浅見光彦の口から、気になる文章が一杯ありますが、その中に『東日流外三郡誌』を村史の資料編として出版した市浦村当局を批判したものがあります。
 「だって〔都賀留三郡史〕は偽書の疑いがある、かなり眉唾な代物でしょう。それを役所(市浦村)が刊行してしまえば、史書としての信憑性をバックアップすることになるじゃありませんか・・・・・・。村とはいえ官庁のお墨付きで世に示すとなれば、善良で素直な国民の中には、本気で史実として受け入れる人も多いでしょうし、事実、強い影響を与えていると考えられますよ。そういう意味からいうと、市浦村当局の責任は重大だと思うのですけれどねえ」・・・・・・「(『市浦村史』の「発刊のことば」の)最後には、『さらに重大なことは、吾々の祖先はいかに生きてきたか、そのすばらしい業績は混乱せる日本の本当のあるべき姿を政策や哲学に示唆することの極めて多いことを信じて発刊のご挨拶とする』と書かれている。これが市浦村村長のことばである。
 まさにその効果や影響がどのような性質のものであるかを弁えた上での、いわば『確信犯』的な意図を持ったものであることが、ここではっきり示されているのだ。それにしても村長は、この「史書」こそが日本の政策や哲学を混乱させる存在になることには、思いを致さなかったのだろうか」
 この文章は明らかに著者内田康夫氏のダブルスタンダードです。先入観を持たない善良な浅見ファンに対して、「『東日流外三郡誌』は偽書であり、故和田喜八郎は詐欺師である」という偽書派の一方的な妄言に、それこそお墨付きを与えてしまったのです。
 「古田史学の会」創立の最大のきっかけは『東日流外三郡誌』の真贋論争にありました。以来多くの会員の方々がこの問題に取り組んできましたが、その成果は必ずしも満点とはいえない状況です。
 そんな状況の中で『十三の冥府』が出版されました。しかし私には、この発想は著者内田康夫氏自身によるものではなく、「浅見光彦」は内田康夫氏のうしろにいる誰かによって操られていたものとしか思われません。
 「古田史学の会」は設立十周年を迎えました。その間「古田史学の会」の研究内容は勿論、版図も著しく広大し、特に古田先生に対する異業種分野における理解者の増加は私たちにも大きな希望と自信を与えています。しかし肝心の歴史学界や教育界においては「古田史学」そのものが、必ずしもその地位を磐石になったといえる状況ではありません。むしろ、「本書」の例から窺がえるように、虎視眈々とそのすきを狙っているアンチ古田武彦たち、例えばC14による年代測定などの「古代学の新方法」を認めることが出来ないでいる「大家」やエセ歴史学者たちが、いまだ数多く存在しているのが現状であり、この状況を打開しない限り「古田史学の会」の未来がないのは明らかです。
 中でも『東日流外三郡誌』真贋論争の決着は故和田喜八郎は勿論、「古田史学の会」にとって、創立以来の最も大きな悲願であった筈です。
 「真実の古代史を求め、それを弘める」という「古田史学の会」に課せられた社会的責任の達成。その目的に向け、本書『十三の冥府』の出現は、私たちに対し「古田史学の会」創立の精神を改めて求めているのではないでしょうか。
(本文を故和田喜八郎の御魂に捧ぐ)
(追記)
「浅見光彦」に加えられた洗脳を解くことによって、彼をこの真贋論争に再度参入させ『東日流外三郡誌』の真実に迫ってもらう。そんな展開になるのが私たちにとって最も望ましいと思いますが、いかがなものでしょうか。
二〇〇四年六月十八日

浅見光彦氏への“レター”古田武彦(新・古代学第8集)へ


 これは会報の公開です。
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