連載小説『 彩神』 第十二話 シャクナゲの里1 2 3 4 5 6 7
無礼講 へ
◇ 連載小説 『 彩 神 (カリスマ) 』 第十二話◇◇◇
シャクナゲの里(7) 深津栄美
−−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どこかで梟(ふくろう)が鳴いた。澄んでいるのに空(うつ)ろな声は、闇と静けさを募らせる。
自分の辿って来た道を振り返ろうにも、枝越しに残照が洩れるのみで、茂みをかき分ける度に夜露が冷たくはねかかった。
(どうしよう・・・・?)
馨(かおる)は心細くなって、抱いているシャクナゲの花束に身をすり寄せた。花々も、山の冷気に頭を垂れてしまっている。
匂いばかりが、柔かに四方に立ち込めていた。周り中、シャクナゲに覆われているのだ。しかし、暮れ方の光の中では隈取りが強調され、色も姿も見分け難い。
風が樹間を吹き渡り、狼の影が幾つも籔を走るような気がして、馨は恐くなった。武器の扱いは父や従兄(いとこ)らに習っていたが、今日の自分は丸腰だ。シャクナゲの花では、礫(つぶて)代りとしても弱すぎるだろう。
暗がりに野獣の目が光り、馨は反射的に傍の枝を折り取った。シャクナゲの花と大差ない小枝だが、力任せに折った為、先が鋭く尖っている。これなら役に立つだろう。地面には小石も散らばっていたから、礫を打つ事も可能だ。
荒い息使いが、草むらを縫って近づいて来た。
(狼・・・・?)
身構えた馨の耳を、
「まあ、シャクナゲの園をこんなに荒らしてーーー。」
癇性(かんしょう)な女の声が突き刺した。
「その花は日後(ひじり)神の所有物(もの)だぞ。こっちへ寄こせ。」
一緒に現れた少年が、人差指を馨に突きつける。
「誰、あんた達・・・・・・?」
馨は二人を見比べた。
どちらも自分と同じ年齢で、少年は天竺(=インド) の神官が身に着ける袈裟という大きな袋状の衣服に太い鼻緒の高足駄(たかあしだ)、少女は灰色狼の手綱を引いて、見た事もない真黒な花束を胸に抱いていた。こんな服装はどこかで見た覚えがあるが・・・・? そうだ、「日の出祭り」で猛禽に襲われた自分を助けてくれた、羽白熊鷲とかいう少年の格好だ。
だが、目の前にいるのは彼ではない。羽白は父の天火明(あまのほあかり)同様銀髪をなびかせていたが、この二人は自分と寸分違わぬ黒髪の持ち主だ。
「日後神の領土に侵入しておきながら名を言えとは、傲慢な奴だな。」
少年は呆れ、
「自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
少女も調子を合わせる。
「傲慢なのは、あんた達だわ。」
馨はムッとして、
「天火明の娘にそんな口を利いて良いかどうか、耶馬の人間ならとうに知っている筈だものね。」
途端に少女が手綱を脱(はず)し、巨大な灰色の影が躍りかかった。
馨は悲鳴を発し、思わずシャクナゲの花束を投げつけた。
「背黒!」
息を飲んだのは、二人の方だった。仰のけ様に倒れた狼の喉に、深々と木の枝が突き立ったからだ。
「貴様、よくもーー。」
振り上げた少年の短剣が、ムチの一閃(いっせん)に叩き落とされる。
「又、お前らか。」
木陰から白衣の一団が現れ、
「羽白ーー!」
馨は、目を輝かせて先頭の少年に駆け寄った。
「羽白、どういう積もりなの? あなたの許嫁(いいなづけ)は、この私よ!」
少女は詰め寄ったが、
「弱い者虐めをするような奴と、若は婚約(やくそく)した覚えはない。」
「夏羽(なつは)も民(たみ)も、祖先神(おやがみ)に恥ずかしいと思わんのか?」
人々に一蹴され、
「覚えていらっしゃいよ。山門(やまと 現福岡県山門郡)を蔑(ないがし)ろにするとどうなるかーー。」
「八女や宇佐を捨てて成り上がりに尻尾を振りやがって、お前らこそ犬だ!」
二人は白い目で睨(ね)めつけ、走り去ってしまった。
(完)
これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)・『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。
新古代学の扉 インターネット事務局 E-mailはここから。Created & Maintaince by" Yukio Yokota"